人魚姫
      
 それから。
 ネジの禁術で、声と引き換えに人間になったヒナタは数日後には、木の葉の城にいた。
 「ヒナタ様、人間の姿も美しいな。地味な宮廷侍女のドレスだが・・それでも・・・。
  それでもあなたはきれいだ。」
 ( ネ・・ネジ様・・////。)
 「今日からは木の葉の城で暮らすんだ。ナルト王子の傍でな。嬉しかろう?」
 弾かれたように息を呑み、赤く頬を染め俯くヒナタに、ネジは微笑した。
 驚くことにネジは木の葉国の宮廷魔導士であった。
 人間の母を持つとはいえ、半分は海王の血を継いでいる。人間の血が混じったのが良かったのか。
 偶然にもネジの中で海王の血が先祖返りを起こし、その魔力は海王にも匹敵するほど強大になっていた。
 それほどの魔力を操るネジは人間界では稀有な存在だ。
 だから、相当な権力をも許されている。
 そんなネジにとって城に侍女を一人入れることなど造作も無いことだった。
    
 「あの方は五大国一の魔導士さまですよ。」
 ネジの助けを借りてナルト王子の侍女になったヒナタに他の侍女がそう教えてくれた。
 それにヒナタは心から感心してしまう。あの秀麗な青年は自分たちをも越えているのかと。
 「あの方の紹介なら、安心して一緒にお仕事出来そうだわ。よろしくね、ヒナタさん。」
 声を失い、人間の姿になったヒナタは、身振り手振りで会話するしかなかったが、その親切な侍女は
 笑って励ましてくれた。
 ナルト王子の明るい人柄のせいか、木の葉の城の者達はみな優しく面倒見が良かった。
 おかげで余り苦労することなくヒナタは楽しく過ごせた。
 でも・・。
 初めて謁見したナルト王子は、ヒナタの姿を見ても、自分を助けた女性だと気付かなかった。
 ただ、普通に人懐っこい笑みを浮かべて声をかけてくれただけ・・・・。
 切り裂かれるような胸の痛みに、ヒナタは自分の運命をその瞬間覚悟したのだった。



 「城の生活はもう慣れたか?ヒナタ様。」
 庭園で休憩していたヒナタの元にネジが現れ、ヒナタはにっこりと微笑んだ。
 (はい。ネジ様のおかげで・・。本当にありがとうございます。)
 ネジにだけ聞こえるヒナタの心の声。ネジはその声に頷いた。
 「・・・ナルト王子に、受け入れてもらえるといいな・・。」
 瞬間、ヒナタが俯いてしまった。悲しそうなその様子にネジは口角が知らず上がる。
 だが、すぐに素知らぬ顔で話しかけた。
 「ヒナタ様、陸の食べ物はまだ口に合わないだろう?これをお食べ。」
 ネジが海の菓子を差し出した。それを見てヒナタが嬉しそうにネジを見詰めた。
 (あ・・ありがとう・・・ネジ様。)
 愛らしい顔立ち、淡い紫の大きな瞳。優しい風情によく合う藍色の艶やかな髪・・・。
 その海のような濃い藍色の髪が白い首筋にハラリとかかる。それからネジは目が離せなくなった。
 ( ヒナタ様・・・・・。)
 知らず知らずの内に、彼女がネジの中を侵食してゆく・・・。最近では息苦しくさえ感じていた。
 それでも毎日ヒナタに逢いたくてネジは用件がなくとも、こうしてヒナタを訪ねるのだった。



 「ネジの連れて来たヒナタとかいう侍女は、いい娘だってばよ。」
 唐突にヒナタの話題をだされて、思わずネジは息をのんだ。
 しかし、そんなネジの動揺に気付かぬナルトは更に続ける。
 「この間、亡き母上の形見の人形をヒナタが繕ってくれたんだ・・。本当に優しくていい子だってば・・。」
 「そう・・ですか。」
 「口が聞けないのは寂しいけど、ヒナタは・・どこかで会った様な気がしてさ。気になってるんだってばよ。」
 「まさか。あれは私の従妹・・・。ずっと辺境の地で暮らしてきた哀れな娘。王子と会う機会など皆無です。」
 「そっかあ・・。ははっ、そうだよなあ?俺ってば、てっきり・・」
 「?」
 「ヒナタが、俺を助けてくれたあの人かと・・思ってた・・。確信がないし、ヒナタが言い出さないから
  黙って様子を見ていたんだけど・・・。」
 ネジの心臓がギクリと鳴った。早鐘のように胸が鳴り始める。だが悟られまいと必死で平静を装う。
 「ご冗談を・・。ヒナタは・・・泳げません。助けられるはずがない。」
 「・・・そうだよな・・。」
 項垂れるナルトにネジは射るように視線を向ける。
 (早く・・・早く・・・最初からの計画通りに・・早く・・・)
 頭の中で何度も呟く。
 ネジは・・・ゆっくりと口を開いた。
 「実はナルト王子を助けたのは隣国のサクラ姫だと判明したのですよ・・。」



 ヒナタはただ呆然とそれを眺めていた。
 ナルト王子を嵐の夜に救出したのだと、隣国の王女が訪ねてきて。
 今、目の前でナルト王子に謁見しているのだった。
 「ナルト王子、すっかり元気になられて良かった。一時はどうなるかと・・。」
 「え?じゃ、じゃあ、君が俺を助けてくれたのか?」
 にっこりと微笑むサクラ姫は華やかな美女で、あっという間に王子を虜にしてしまった。
 見る見るナルト王子の頬が赤くなり、サクラ姫に夢中になってゆくその様子に
 思わずヒナタは目を背けてしまった。
 (やっぱり・・・私は・・・)
 深い絶望の中、なぜかヒナタの脳裏を掠めたのは愛しい父や姉達の姿ではなく、
 静謐な空気を漂わすあの秀麗な従兄の姿であった・・・。
 
 

 (明日のナルト王子の婚礼で・・・私は海の泡になって・・消えてしまうんだ・・・)
 ぼんやりと、海をながめる。
 悲しかったが・・・ナルト王子に再会した時から予感はしていて・・覚悟は出来ていた。
 でも。
 なぜか、いつも傍にいてくれたネジの事が頭から離れなかった。
 (ネジ様に・・・もう会えなくなるのが・・寂しい・・)
 兄のように、いつもヒナタを気遣い、励ましてくれていたネジ。
 あの綺麗な顔も、氷青色の澄んだ瞳も・・もう二度と見れなくなるのだ・・・。
 それが心残りだと感じてヒナタは自分の気持ちに驚いていた。
 ( 心残り?ネジ様のことが?どうして・・・)
 
 「ヒナタ!」
  
 ヒナタの思考を中断させたのは覚えのある懐かしい声だった。
 見れば海に姉達の姿。
 夜とはいえ、人間の住む近く。危険を冒してまで彼女達は愛しい末の妹のためにやってきたのだった。
 急いでヒナタは海に入り、姉達の傍に近付いて行った。
 「ヒナタ!よく聞きなさい。あなたはネジに騙されていたのよ!」
 (?)
 「あいつは追放された父親の復讐をあなたにしたのよ!あなたに呪いをかけて、あなたの恋が
  破れるように仕組んだのよ、あなたを傷付けて殺す為に!」
 (?!)
 「あなたが死ねば父上は悲しまれる。ネジはきっと最初からそのつもりだったのよ。直接手は下さず
  自分に非が及ばぬように巧妙にあなたを殺そうと!!」
 (・・・ネジ様が?そ、そんな・・・)
 「ヒナタ、父上から預かってきたこの短剣でネジを殺しなさい!そうすれば命は助かるわ!」
 姉達の悲痛な声と共に銀の短剣がヒナタの元に差し出された。
 躊躇うヒナタに姉達が更に言う。
 「私たちは水晶で様子を見ていたのよ・・。ネジは、サクラ姫に暗示をかけてナルト王子に嘘をつかせ
  恋をさせるよう、仕向けたのよ?」
  (   全てはあなたを追い込むために・・・。    )
 愕然とするヒナタに姉達は何度もネジを殺すよう言い聞かせると、人の気配に急かされて海へと
 帰っていったのだった。


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