人魚姫
      
  その日、ナルト王子とサクラ姫の婚礼が行われ、夜には盛大な宴が城で催された。
  そこには高名な宮廷魔導士であるネジの秀麗な姿もあった。
  胸に隠した銀の短剣に手を添えて、ヒナタはネジの姿を遠くから見詰める。
  例え恨まれて追いつめられたのだとしても、彼を殺すなんて出来そうになかった。
  (そうよ・・・。だって元はといえば、私が無理な願いをしたからいけないのだもの・・・。)
  憎悪する者がいきなり訪ねてきて頼みごとをして来たのだ。復讐されても当然だった。
  心から自分が情けなくて、ヒナタは目を瞑る。
  だがネジの優しさが自分を追いつめる復讐の一環であったとは信じたくなかった。
  (どうか・・あの優しさだけは真実であって欲しいの・・ネジ様・・・)
  端整な横顔にそう心の奥底で願うと、ヒナタは視線をネジから逸らす。
  それから遠くで幸せそうに談笑するナルト王子とサクラ姫を、そっと見詰めてヒナタは微笑んだ。
  ( さようなら・・・・。どうかお幸せに。)
  短い時間だったが人間であった事はとても楽しかった。とても新鮮で・・・幸せだった・・。
  窓から差し込む月明かりに、ヒナタはその時間が近いことを悟る。
  人知れず消える為、そっと彼女は城を後にしたのだった。
    


  もう月は高く上がり、真夜中を迎えていた。
  浜辺を一人歩きながらヒナタは海に反射する穏やかな月光を眺める。
  ( 朝になったら・・・海に帰るんだわ・・・)
  儚く優しい笑みを浮かべ、ヒナタは目を閉じ短剣を海に流した。
  
  「馬鹿な女だ。姉達の好意を無にするのか?人魚姫。」

  ネジがいつの間にかヒナタの背後に立っていた。
  驚くヒナタにネジは自嘲気味に笑う。
  「聞いただろう?俺が復讐のためにアナタに呪いをかけたのだと。そしてそれは恋に破れた今
   あの短剣で俺を殺す事でしか解けないのだと。」
  ヒナタが静かに目を伏せる。しゃがみ込む彼女を見下ろしながらネジは更に続けた。
  「いいのか?あなたは・・・短剣を海に捨てた・・。それでいいのか?」
  コクリとヒナタが頷いた。
  「っ・・!俺が憎くはないのか?本当は普通に人間にしてやることも出来たのに、それを
   しなかったんだぞ?あなたの綺麗な声を奪い・・その未来をも砕いたのにっ・・・!」
  酷く取り乱すネジを見て、ヒナタは涙が溢れた。
  ( 良かった・・・。ネジ様のあの優しさはきっと本物・・。だってネジ様はこんなにも・・後悔してくれている。)
  それに何かが満たされてヒナタはネジへと、最後の告白をする。心の声を使って・・。

  ( もういいの。わ、私、とても楽しかったから。それに・・ネジ様と出会えて、とても幸せだったの・・)
  
  「?!」
  ( わ、私・・・ネジ様と仲良く出来て嬉しかった。大好きだから。だから・・・。もう・・いいんです・・。)
  ヒナタの告白にネジは目を大きく見開き激しく動揺してしまう。体がガクガクと震えだす。
  「う・・嘘だっ・・・そんな・・・今更・・・」
  自分を大好き?・・それは従兄に対する親愛の情に過ぎない。少なくともネジはそう理解していた。
  だが自分は?自分は彼女を・・父の仇の娘だと憎んでいたんじゃないのか?
  彼女を追いつめるために、優しく接して信頼させてきたんじゃないのか?
  最後に裏切りの衝撃を与える為に・・・。
  恋に破れ、信頼していた従兄に裏切られ、絶望に打ちのめされる彼女を望んでいたんじゃないのか?
  (ち・・違う・・俺は・・・!)
  酷く狼狽するネジにヒナタが慈しむように微笑んだ。その笑みにネジは魂が抜けたように見惚れてしまう。
  同時に苦い後悔が彼を襲った。

   ( なんて事だ!)
   本当は一目で心奪われていたのに!呪いなどかけずにあの時手に入れてしまえば良かったのに・・・!
   だが・・。呪いはネジの力を持ってしても解けない強固なものであった。
   最早恋に破れたヒナタは海の泡となって消えるしかない。
   ネジは目の前の愛しい人魚姫に悲しいまでの恋心を抱いているのに・・・。
   もう何も出来ない。いや、あの短剣で彼女が自分を刺すように仕向ければ・・・。
   そうすれば彼女の命は救える。例え自分が死んだとしても。
   愛する彼女が救えるのなら・・自分を大好きだと言ってくれた優しい彼女を救えるのなら。
   (俺の命など惜しくは無い・・)
   そんな深い思いが芽生え始めていた。

   だが、ネジのそんな考えに気付いたのか、ヒナタが首を振った。
  ( 私・・・だれの血にも染まらず、海に帰りたいんです・・・。あなたを殺すなんて決して出来ない・・・)
  
  「ヒナタ様!!」

  堪らずネジは彼女を抱き締めていた。優しくてきれいな人魚姫・・・生まれて初めて心奪われた女性。

  ならば・・せめて。

  「・・・あなたが好きだ。例え心は他の男のものでも。従兄としての俺を好きだとしても。」
  (・・・ネジさま・・・?)
  「お、俺はあなたを一人の女として好きなんだ・・・!」
  ( え・・・?)
  「お願いだ、人魚姫。・・・あなたを俺にくれないか?」
  (?!)
  「忘れたくないんだ!あなたを・・・愛してしまったんだ!だ・・だからっ・・・」
  (ネ・・・ネジ様・・・)
  ヒナタは戸惑ったが、ネジの苦痛に歪んだ切実なさまに、小さく頷いたのだった・・・・・。



  白い肢体を開いて、ネジは涙を流しながらヒナタを抱いた。
  「・・おれの・・人魚姫・・・。許してくれ・・ゆる・・して・・・」
  何度も何度も涙にくれながらそう呟く。
  ヒナタは穏やかにネジを受け入れてくれた。その優しい抱擁にネジは声を詰まらせて泣いた。
  声を聞きたかった。小さな口から零れる乱れた息遣いに甘い声を望んでしまった。
  だが己がそれを奪い去ったのだ。苦い後悔に苛まれながらもネジは溺れるように愛する。
  何度も何度も昇りつめて・・・・・。
  
  気が付けば朝日が窓から差し込んでいた。
  ベッドにはネジ一人・・・。



  ( 俺は・・あなた無しではもう生きていけない。あなたの優しさに触れてしまったから・・。ヒナタ様・・・)

  身の回りの・・全ての始末を終えたら、彼女の後を追おうとネジは決意していた。
  だが、そのとき寝所の扉が音を立てて開かれた。
  驚くネジの目に信じられないものが飛び込む。
  「ヒ・・・ヒナタ様?!」
  そこには愛しいヒナタの姿があった。手には朝食の用意された器。
  「あ、あの、あの・・っ・・。わ、わたしっ・・・」
  ヒナタが赤くなりながらも、口を開く。
  その優しくも甘い声にネジは驚愕した。声が・・・戻った?
  だが更にネジを驚かす真実がヒナタの口から零れる。
  「あ、わ・・わたし、ナルト王子じゃなくて・・・いつの間にかネジ様を・・」

  ( ネジ様を愛していたんです。 )

  恥じらい俯くヒナタを暫くポカンとネジは眺めていたが、段々と事情が呑み込めて来た。

  − 愛する人に受け入れられれば声は戻り、人として何十年かは生きられる。 −

  「お・・俺を?あなたはナルト王子ではなく俺を・・?」 

  ネジは呆気に取られていた。ナルト王子にあれだけ焦がれていたヒナタが?信じられない。
  だが、呪いが解けたのはヒナタの恋が叶ったからだ。
  ヒナタがネジを愛してネジが彼女を求めたからだ。
  だから・・ヒナタは本当にナルト王子ではなく、ネジを愛しているという事になる。
  それだけは動かしようがない真実。

  思わずネジは口元を綻ばせていた。心から歓喜してしまう。
  もう父の仇とか憎しみもどうでも良くなっていた。
  彼女さえ傍にいてくれるなら・・・・・。
  

  クックと突然笑い出したネジにヒナタは慌てて近寄り声をかける。
  「ネジ様?」
  だがネジは嬉しそうに笑い続けた。それからいきなりヒナタの腕を掴んで引き寄せる。
  「ヒナタ様、俺も愛している!」
  「きゃあっ」
  いきなり抱き締められてヒナタはネジにベッドに押し倒されてしまう。
  ヒナタの目を見詰めながらネジが嬉しそうに囁いた。
  
  「人魚姫・・いや、ヒナタ様。ずっと俺のそばにいてくれ。愛している。」
  「あ・・・、ネジ様・・・」
  「結婚しよう。俺はあなただけのものだ。ヒナタ様、必ず幸せにするから・・・。」

  なにより望んだ甘いヒナタの声がネジの求愛に答えた。

  「はい・・。ずっと・・ネジ様のそばにいたいです・・。私も・・愛しているから・・」



  
  その後五大国一の魔導士ネジの傍らにはいつもヒナタの姿があり、
  夫婦の仲睦まじさは相当なもので、周囲はあてられっぱなしであったという。
  二人はいつまでも幸せに暮らし、最後まで添い遂げたのであった。

  これは海の泡にならなかった幸せな人魚姫のお話。
   
  
 


  ★ 唐突に書きたくなった童話もの。たまにはいいよね。


                            
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