人魚姫
あの人に逢いたい・・・・。だからお願いです。私を人間にしてください・・・。
「人魚姫」
海の王の末娘、ヒナタは臆病だがとても心の優しい娘だった。
だから嵐の夜、姉達が止めるのもきかずに難破しそうな船に近寄り、多くの人間を救った程で。
海に投げ出され、気絶した人々を従者と共に次々と浜辺に運ぶヒナタに姉達は溜息を吐きながら
「なんて、お人よしなのかしら?」
と呟いていた。だがそんな妹が可愛い彼女達も、ついには妹の手助けをするはめになっていたのだった。
「この人で・・最後ね・・」
最後に助け出した青年は、気絶してはいるが凛々しい顔立ちで、何より豪華な金の髪が目を引いた。
何故か頬が熱くなりながらもヒナタは彼を浜辺へと横たえた。他の救出した者たちもまだ目を覚ましていない。
思わず彼に見入るヒナタに姉達が急かす様に声をかけた。
「ヒナタ!これ以上人間に関わってる暇はないわ、さあ、早く戻りましょう!」
「あ、は・・はい、お姉さま・・・」
ヒナタが姉達に促されて振り向こうとした瞬間。
(え?)
ヒナタの目の端に青年がうなされながら目を開く姿が映る。
そして、その海よりも深い青の瞳が真っ直ぐにヒナタを捉えた。
「・・・・君は・・・?」
「・・・!!」
一瞬でヒナタは体中が熱くなり、あまりの恥ずかしさに海へと飛び込んでいた。
「・・まっ・・て・・・」
だがその直後、青年はまた気を失ったのだった。
それからヒナタは寝ても覚めてもあの青年が忘れられなかった。
だから、こっそりと友人の海鳥に頼んで彼の事を調べてもらったりしていた。
それによれば、彼は木の葉国の王子で名をナルトというらしい。
(王子さまだったんだ・・・・。ナルト・・王子さま・・・。)
噂によれば王子は自分を嵐の海から助け出した女性を捜しているらしい。
彼はその女性に恋をしているらしかった。それを知ってヒナタは胸が高鳴る。
(王子さまが私を捜している?恋をしてくれているの?本当に?)
内気で気の弱い彼女であったが、初めての恋に突き動かされて大胆な行動に出たのだった。
父王や姉達の目を盗んでヒナタは禁断の島へとやってきた。
そこは、かつて父王の弟であったヒザシ卿が、禁術を使ったため追放された流刑の地であった。
強い魔力を持っていたヒザシ卿を封印してからというもの、海の一族はそこに近付く事さえ
禁じられている。それほどに強大な魔力が毒となり渦を巻いているからであった。
それでも、ヒナタはなんとかその毒を中和する術を手に入れ、島の近くまでたどり着く。
結界を越えて、島の突端から、壮麗な城を見上げた。
追放されたとはいえ、叔父は強大な魔力でそれなりに体裁を整え暮らしていたらしい。
白い霧のなかに圧倒的な美しさをもってそびえたつ城を見て、海面に浮かびながらヒナタはそう感じていた。
同時に恐怖が湧き上がる。これだけの魔力を持つ叔父は自分を追放した海の一族を憎んでいるはず。
その王の娘であるヒナタの願いなど聞いてくれるのだろうか?
いや、それ以前に生きて帰してくれるのか・・・。
(で、でも、ここまで来てしまったんですもの!・・勇気を出さなくちゃ・・・!)
「ヒザシ叔父様!ヒナタです!お願いがあって参りました!」
その途端、ヒナタの精一杯の呼びかけを嘲笑うように無数のコウモリが城から飛び出してきた。
「きゃああ!」
思わず海に潜り込み、青ざめながら海面すれすれの所を行きかうコウモリ達を見上げる。
と、同時に頭の中で直接若い男の声が響いた。
『何をしに来た?人魚姫』
慌ててヒナタはあたりを見回した。しかし暗い海の中は生物一つなく、海面上のコウモリも消えていた。
「?」
焦り、キョロキョロと周りの様子を窺い脅えるヒナタを嘲笑うように、又その声が頭の中に響いた。
『上だ・・・。岩場に来い。』
言われた場所には人間が一人立っていた。
岩場に近付き、その人間を見上げる。
長い黒髪の若い青年だった。
「あ、あなたが、ヒザシ叔父さま?」
魔力で若い姿を保っているのだろうか?父の双子の弟だと聞いていたが、まるで面立ちが違う。
色白で線が細く、女のように綺麗な顔。だが氷青色の瞳は鋭く、厳しい表情をしている。
また、なにか胸がきつく締め付けられるような感覚にヒナタは焦り、俯いた。
と、頭上で青年の声がした。
「ヒザシは・・・父は死んだ。」
「え?」
「俺はヒザシの息子だ。アナタの従兄という事になるな。」
「従兄?」
「ネジだ。・・・俺の存在を知らなかったのか?人魚姫。」
「あ・・、ごめんなさい・・。私・・・・。」
「まあ、いいさ。それより、アナタは何しに来たんだ?ここに来る事は禁じられているはずだが?」
「そ、それは・・私、どうしてもお願いしたい事があって・・・。」
「何だ?」
「あ、あの、私、ヒザシ叔父さまの禁術で・・に・・人間になりたいんです。」
「人間に?父の禁術で?正気か?」
「は、はい。」
「父が死んだのは禁術で人間になった反動でだ。」
「え?」
「海の者が陸の者になるなんて無理な話だ。長くは生きられない。」
「!!」
「そういう事だから諦めるんだな、人魚姫。いや、ヒナタ様。」
ニヤリと笑うと青年、ネジは立ち去ろうとした。
だが、ヒナタは思わず声をかけてしまう。
「ま、待って!そ、それでもいいの!ど、どうか私を人間にしてください!」
ピクリとネジの肩が反応した。次いでゆっくりと彼は振り向いた。その顔は驚愕している。
「どうして・・そこまで?・・・理由はなんだ?」
ヒナタは戸惑いながらも、ナルト王子への恋心とひたすらに逢いたいという願いを語った。
それを眉一つ動かさず聞いていたネジだが、ヒナタが語り終えると静かに溜息を吐いた。
それから、しばらく考え込んでいたが、仕方がないな、と呟く。
「この禁術は己の声と引き換えだ。・・・そして、その状態でも愛する人に受け入れてもらえれば
声は戻り、何十年かは人間として生きてゆける。だが、受け入れられなければ・・・」
「?」
「海の泡になる。つまり消滅してしまう。」
「!!」
「それでも・・・・いいのか?」
まるで試すようにネジがヒナタの様子を伺う。ヒナタは青ざめ震えていた。
その様子にネジは軽く舌打ちしてしまう。やはり臆病な彼女はしり込みしてしまうのかと。
だが・・・・。
ネジの予想に反して彼女はその条件をのんだのだった。強い恋心ゆえに。
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