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一族以外へ知らしめる為の婚礼の儀は年明けすぐに行う事とされたが。実質の結婚はその夜から始まった。
「あ…あの…こ、こんなことになって…わ、私…あの…」
「良い、貴女は何も喋るな、ヒナタ様。すぐに全てその体に分からせてやるから…」
あっ、と小さく声を上げ驚くヒナタをネジは抱え込み、薄暗い寝所の真新しい寝具の上に押し倒す。
微かに震えこそすれ、ヒナタは健気にもネジへと身をまかせた。
それに、ネジは更に愛しさを募らせて、優しく口づけをおとし、彼女の耳元で囁いた。
「ヒナタ様、好きだ…」
びくんとヒナタの肩が跳ね上がった。だがネジは彼女を抱き締めたまま囁き続ける。
「貴女を…殺そうとまでしたこの俺だ。貴女を好きになるなど許されない事だと…ずっと諦めていた。
それに… 貴女はうずまきナルトを愛していると思っていたから…な。」
「そ、それは…っ」
「分かっている。」
「?!!」
「…分かっている、だからこそ俺は今、こうして貴女を抱き締めている。ある人に、貴女の本心を教えられ
俺はようやくそれに気付く事ができ、そして俺のこの気持ちも許されるのだと知った。」
ヒナタが大きく息を呑むのがわかった。だがネジは更に己の心の内を吐露し続けた。
「貴女がずっと好きだった、しかし貴女の心を踏みにじってまで貴女を奪いたいと願う自分があさましく
そんな惨めな恋などしたくないと、自分を殺してきた。唯の従兄でいようと、唯の分家でいようと、壁を作り
貴女に触れまいと、固く自分を制してきた。それが今までの俺だった。」
掌が汗ばみ、掴んだヒナタの着物まで湿らす。だがネジはかまうことなく続ける。
「…許してくれ、誰かに教えられるまで…貴女の気持ちに気付く事が出来なかった愚か者を。
そして、貴女も俺に好意を抱いていると気付くまで、自分からは何もしようとしなかった臆病者を…
…自分の気持ちから逃げてばかりいた卑怯な俺を…だがこれからは…!」
ネジが感極まって声をふるわせた瞬間、そっと背中をさする感触がして思わず彼はヒナタの顔を覗き込んでいた。
「ヒ…ヒナタ様?」
自分でも呆れる位、間の抜けた声を出してしまっていた。
その情けなさに、気まずく眉を顰め躊躇うネジであったが、すぐに気を取り直してヒナタを見詰めれば。
嬉し涙を流す愛らしい彼女が、優しいまなざしでネジを見詰め返していた。
涙を流し、唇を震わせて、ヒナタはネジの頬を優しく撫でる。それから慈愛に満ちた瞳を潤ませ彼女は囁いた。
「う…嬉しい…ありがと…う…ネ…ジ兄さん…」
(ヒナタ様?!)
「わ、わたし…わたしの方こそ…ごめんなさい…わたしこそ…逃げてばかりっ…」
「ヒ…ナタ?」
「わ、わたしの方が、ずっと、ずっと…ネジ兄さんを…す、好きだったのにっ…でもっ、でもっ…嫌われるのが
怖くて…なにも…いえなかった…の…ほ…んとうに…ご、ご…めんな…さっ…」
「ヒナタ!!」
涙で言葉に詰まる彼女のその仕草。いじらしいヒナタに全てを奪われて。
ネジは何度も強い愛を誓い、ヒナタという最愛の女にのめりこんでいった。
――愛している、ヒナタ様、これからは俺が貴女を守り続ける。ずっと、ずっと、守り続けるから…――
あぁ、と吐息をついて契り終えたあと、ネジはヒナタの涙を優しく舐め取った。
そうして彼女の儚い微笑を見た瞬間、彼女の亡き実の母親の顔が浮かんだ。
(あの子を愛して?お願い、ね?ネジ様…)
ふっ、とネジは苦笑していた。亡きあの女に言われなくとも、自分は最初からヒナタの虜だ。
ただ、勇気と…自信がなかった、そして何よりヒナタへの負い目が足枷となっていた。
けれど、それも…ヒナタの母に遺言を託され、あの手紙を受け取った時から、砕けるように散っていった。
「ありがとう…」
え?とヒナタが不思議そうにネジを見詰め返した。
無意識に、ヒナタに彼女の亡き母を重ね感謝の言葉を洩らしていた。
だがそれを誤魔化すようにネジはヒナタを抱き締める。
「俺は貴女を死んでも離さないよ、ヒナタ様。大好きだっ…!」
何かヒナタが言いかけたが、それを与える間もなくネジは強く彼女の唇を吸っていた。
(ありがとう、あなたが愛せなかった分までも、俺があなたの娘を愛し、幸せにします。だから、どうか…)
どうか俺達を……あなたも祝福して……そしてあなたの娘を…見守っていて欲しい……
「ネジ…にぃ…さ…?」
ネジから与えられる振動に、声を詰まらせながらも尚、彼へと不思議そうな目線を投げかけるヒナタに
「兄さんじゃないだろう?俺は貴女の夫になったのだから…」
と、静かに諭しながらネジは微笑んだ。
知らぬままが幸せだろう、実の母親の存在など・・・。
「あぁっ…ネジにいさ…っ」
体を反らして泣き濡れる可愛いヒナタに恍惚と酔いしれながら、ネジは今度こそ永遠にヒナタの出生の秘密を
固く胸の奥に封印したのであった。
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「ハナビか?入りなさい」
夜、宗主の間で静かに書をしたためていたヒアシの元に、次女のハナビが訪れた。
「父上、今日のなされようは、余りにも強引ではありませんか。姉上は何の心構えもなく、ネジの妻とされたのですよ?」
「ああ、分かっている。…だが、双方気持ちは同じ、恋慕っているのだから、よしとしてくれぬか?」
「なんですって?まさか…姉上が?ネジなら何となく分かっておりましたが…」
「不器用な男と、不器用な娘ゆえ、このくらいの事をしてやらねばな。傷付くのは私達の代だけでたくさんだ…」
「それはどういう事ですか?」
生真面目な表情。血を分かたぬ娘なのに、その気性はヒアシに良く似ている…氏より育ち、か。思わず苦笑していた。
「次ぎはハナビ、お前だな。嫡子の件は気に病む事は無い。力量が足りず傷付いてばかりであったヒナタには
誰より心強い守りがついた。だから、ハナビ、お前はもう姉の為にと律儀に己を殺す事などしなくとも良い。」
「父上?!」
「お前の努力、強くなろうとしていたそれ、全ては非力な姉のヒナタを守るためであったのだろう?あれを、奮い
立たせるために、望まぬ嫡子の座を狙うように見せかけてまで。…お前は私の誇りだよ、ハナビ…」
「…父上には何もかもお見通しでしたか…ですが、姉上をネジばかりにはまかせられません。」
「何だと?」
「私は…私は…誓ったのです。本当の宗家直系のあの方を、命をかけてお守りするのだと。」
「?!!」
「…そして、私という汚れた存在を許し、慈しんでくれた父上とそのたった一人の子である姉上を死んでも守るのだと。」
スウ、と蝋燭の炎が細まった。ヒアシは目を見開き、言葉を失い、ただただ目の前の秀麗な娘を凝視していた。
鋭い緊張感が二人の間に張り詰める。
「ハ…ハナビ…どこで…それを?」
居た堪れずに、それを破ったのはヒアシであった。
なおも問うヒアシに対して、娘は年に不似合いな老成しきった笑みで答える。
「…亡き母の…遺物を整理していて…私へと遺された着物の中に縫いこまれた手紙に全てが…」
ざあ、と血の気が引いた。妻は…一度として夫婦として交わる事がなかったあの女は…律儀にもそんな真似を
伝えなくともよい秘密を、娘に、ハナビに課して逝ったのか?
それとも、或いは宗家の長子でありながら不遇に一生を終えた不義の相手の怨念を娘に託したのか?
後から浮かんだ疑惑に目敏くも気付いたハナビが鋭くヒアシへと言い放った。
「私は宗家を奪うことなど考えておりません!信じてください父上。それに、そんな思惑があればこの秘密に
気付いたことを告白などしていません。亡き父と母の宗家への裏切りを恥じておりますが、しかしそんな両親でも
邪まなものを隠し持っていたのかと思われることだけは耐え難い。どうか、そんな目で彼らを見ないで下さい。」
「すまぬ、ハナビ。悪かった、確かにそんな人間ではなかった筈なのに…年を取るとどうも猜疑心が強くなる。
だが、それはさておき、この事、ヒナタには…」
「心得ております。あの人にだけは…何も知らせずにおきたい、あの人にだけは…」
(ハナビ?)
一瞬ハナビの瞳によぎったもの、ヒアシはそれに微かな違和感を覚えた。だが、すぐにまさかとそれを打ち消して
話しを続ける。ハナビはもういつもの利発な娘の顔でヒアシの言葉に頷いていた。
一通り話しを交わし、ハナビが去ったあと、ヒアシはいまだ胸に残る違和感に微かな不安を抱いていた。
死の間際、やっと心を通わし口づけたまま、冷たくなっていった最愛の女。
その女の遺言通り、またヒアシの念願通り、ヒナタをネジと結ばせた。それは間違いではなかったと確信している。
けれど、先程のハナビのあの表情。
この先、何事もなければいいのだが…。
小さな種火。いつしかそれが日向を揺るがす大火になるなど、この時のヒアシには知るよしもなかった。
(2006/12/8UP)
★書いてるうちに、これ、命を継ぐもの(捧げもの)とその続編、星の雫へと繋げることにしちゃいました。
この時のハナビの心に秘めたものが星の雫後編へと続きます。
しかし、余りにも強すぎる血の交配で、先天的異常と無限の潜在能力を併せ持つ
アサヒが産まれるという強引な設定。どうか退かないで下さるとたすかります。
しかし、苦悩するネジ兄さんとか今回なくて申し訳ない。その代わり、命を継ぐもので苦しむんで(え?)。
でも、設定微妙にかみ合わないんですが、そこはそれ、大目にみてください〜。
とりあえず、秘密はこれで最終といたします。ここまで読んで下さり本当にありがとうございました!
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