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「あった…」

更に小さくなった中身に小さく折りたたまれた紙と…ひと房の髪束。

直感で、それがヒザシの髪であると悟り、ネジは益々複雑な胸の痛みを覚えた。

この女に罪はない、けれど…やはり母以外の女が父を想うのは心穏やかではなかった。

そのうえ、父が…自分と母には何一つ遺さず逝った父が、この女に髪を遺したのかと思うと

息が詰まりそうになる。鋭い痛みが胸を走った。

だがネジは、無理矢理気を紛らわせるように手紙へと手を伸ばした。

…女の残したその手紙。
 
小さく折りたたまれていたが、開けばかなりの大きさで、びっしりとした文が書き込まれている。

破れぬように気遣いながら手に取り、ネジは一心にそれを読み出した。




『                    ネジ様へ

 貴方がこの手紙を読まれる頃は、私はもうこの世にはいないでしょう。本当に突然に、不躾な所業お許し下さい。

 そして、私だけが抱える秘密を貴方だけに明かすという事を、どうか受け容れて欲しいのです。

 まず…私はネジ様のお父様、ヒザシ様の婚約者でした。ですが、私達は手を握る事も無い清らかな交際しか
 
 しておらず…またお互い親の決めた婚約という事もあり、それ程深く交際しておりませんでした。』

「?!!」

ネジは目を瞠った、だが続きが気になり、また貪るように読み始める。

『そんな時、ヒアシ様が私を…無理矢理に奪われるあの悲しみは今も忘れられません。そうして、例え心を

 通わす事がなかった婚約者とはいえ、面目を潰されたヒザシ様のお怒りは凄まじいものでした。実の兄である

 ヒアシ様を殺さんばかりに襲い掛かろうと。その場にいた私は思わずヒザシ様をお止めしました。そして

 ヒアシ様が、今まさに結ぼうとしている秘印に恐怖した私はヒザシ様を傷つける言葉を吐いてしまったのです。

 貴方など所詮分家、妾でも宗主の女になる方が余程名誉だと。心にも無い嘘で、ヒザシ様を止めた私に

 蔑むように切捨て投げた、ヒザシ様の髪のひと房。それがこの、今では遺髪となってしまった形見の髪束なのです。

 本来なら、ヒザシ様の死と同時にあなた方にお渡しすべきだった、けれどどうしても手放せなかった弱い私を

 お許し下さい。私はヒザシ様を、この遺髪を利用しなければ生きてこれなかったのです。』

そこでネジは息をのんだ。一体なぜ?一枚目をめくり二枚目を読み進む。

『ヒアシ様が私を奪ったのは愛などではなく、自分より優れていたヒザシ様への嫌がらせだったから。

 だから、その後も私はヒザシ様の髪を大切に持つことでヒアシ様の関心を引くしかなかった、そう・・・。

 嫉妬させたかったのです。私は今も、いつまでもヒザシ様をお慕いしているのだと。そうすることで

 ヒアシ様の気持ちを自分に惹き付けたかった。そうなのです、私は…ヒアシ様を愛しているのです。』

どくんっ、とネジの心臓が音を立てた。音を立てて、それから早鐘のように鳴り続けた。

(愛している?!ヒアシ様をこの人が?…馬鹿な…俺の父を愛していたのではないのか?だからこそ

 この俺に逢いたいと…)

そこでネジは弾かれたように気がついた。この…女はネジをも利用していたのだ。ヒアシの嫉妬を煽ろうと

ヒアシの気持ちを、関心を死の間際まで己に惹きつけようと、そのために、ヒザシに焦がれるような芝居を

死の間際にさえ、装っていたのだ。ヒザシへのヒアシの複雑な感情を知るゆえに。

『ネジ様…私はヒアシ様を愛してます。あの人が奥様を迎えられて以来何度、手首を切ろうとしたことか。

 でも死ねなかった。そうしてヒナタを産み、ますます死ぬわけにはいかなくなって。でもこの気持ちを

ヒアシ様に告げる訳にはいかなかった。子を成しあった仲でも、言う訳にはいかなかった。何故ならヒアシ様は

ヒザシ様に対して、ネジ様に対して卑怯者であったから。正妻に子のないヒアシ様はネジ様を養子に迎えようとの

一族からの提案に、激怒されて。そうして私とともに日陰の身になる筈だったヒナタを嫡子として宗家に連れて

いってしまった。分不相応な能力しかないと、生まれつき分かっていたあの子を、己のつまらぬ劣等感から

ただそれだけの為に嫡子に据えたのです。全てはヒザシ様の血を宗家に迎えたくなかったためだと。

私は悲しかった、私とヒナタよりもヒザシ様に対する気持ちが何よりも強いヒアシ様が許せなかった。

だから…死んでも愛しているなど決して言うまいと…決めたのです。けれどヒナタは、あの子は違う。

あの子は愛されるべき娘なのです。そうしてもう一つの秘密は…ネジ様、ヒナタは、あの娘は…』


――あなたをお慕いしております。―――




ガタガタと雨戸が風に音を立てた。

ネジは馬鹿のように呆けて、暫く身動きが取れなかった。

だが、次第に麻痺していた思考が戻り、導かれるように手紙を読みめくった。


『もうすぐ尽きるこの命に、私はヒアシ様に許可をもらいヒナタの様子を見に一度街に出たのです。

あの子は任務明けで仲間の子たちと甘味どころにおりました。そこへ、ネジ様が、あなたが通りかかったのです。

一瞬のことでしたが、あの娘は、窓の外を過ぎていくネジ様を、縋るように見詰めておりました。母としての感で

しょうか。あれは紛れも無く恋する者のまなざしでございました。でも、何かが邪魔をして想いを告げられない

のでしょう。あの子は俯き、それから何事もなかったように過ごしておりましたが、心の動揺はすさまじく、離れた

場所にいた私にまで伝わったのです。あの子がナルトという少年に憧れているのはヒアシ様に聞いて知っていました。

でも、それは。かつて私が男らしいヒザシ様に抱いた感情と同じものなのだと私には分かりました。

だからこそ、私はネジ様にお願いしたいのです。ヒナタを、愛してあげて欲しいと。愛される事がなかった私の

分まで…どうか…』

そこで文面は途切れていた。続きを書こうと箱にしまったものの、力尽きて書く事ができなかったのであろう。

「・・・・・・・・・・・。」

この女の気持ちはよく分かった、誰かに本心を伝えたかった、その切ない思いも、よく分かった。

「だが、あなたは…あなたも何て鈍い方なのか。」

『あれは、可愛い女であったろう?』

彼女の死後。そうネジに言ったヒアシの表情。あれは…きっとこの女の本心を知っていたからこそ出たヒアシの

本音だったのだ。おかしいとは思っていた。最後までなびかない女に対する嫉妬など微塵も無い、満たされた

男の声だった。ヒアシはやはり知っていたのだ、この女も自分を愛しているのだと。

あのいかめしい男があんな柔和な幸せそうな顔をしていた、つまるところヒアシとて本気で

この女を愛していたのだ。ヒナタを嫡子にしたのだって、本当に愛しているからこそなのだ。

ヒザシを妬むなど、そんな器の小さい男ではないと、今のネジにはよく分かるから、尚更そう思った。

「・・・・愛されなかったなど・・・とんだ思い違いだ。」

ネジは読み終えた手紙を握り締め、静かに目を閉じた。

ヒザシに憧れ・・・・ヒアシを愛したヒナタの母。

ナルトに憧れ・・・・・ネジを愛しているというヒナタ。


「・・・本当に・・・良く似た不器用な母子、ということになるのか?」

そして自分は?

ヒナタの心を踏みにじる、ただそれを恐れていたが、それもこの告白のおかげで嘘のように救われていた。

言われて見れば、ヒナタがネジに想いを寄せているというそれ。

確かに思い当たる事は多い。けれどそれはネジへの恐怖心からくるものだと理解していた。

「だがそれは俺の思い違いであったのか…。」

ならばもう躊躇うまい、自分はヒナタを誰よりも愛している。

彼女もネジを求めているというのなら、迷うことなど何も無い。

急に開かれた道に、ネジは静かな感慨を抱いていた。

秘密…日陰に、その存在を永遠に秘められたまま死んでいったヒナタの実の母親の。

その胸に秘めたヒアシへの愛。そうして自分もまた愛されていたという事実に気付けなかった悲劇。

だが、ヒアシは、ヒアシもまた不器用な男ゆえ、この女に素直な思いを告げることも無かったのだろうか?

いや・・・。

この手紙は途中で途切れている。だから、或いはネジが席を外してから、本当の死の間際に

あの二人はそれぞれの想いを告白しあったのかもしれない。

(きっとそうだ。だからこそ、ヒアシ様はあんなに晴れ晴れとした顔をしていたのだろう。)

最期は幸せであって欲しい、何より愛するヒナタの母ならばこそ。

そうしてネジへと一筋の光りを指し示してくれた人だからこそ。

(…父上、父上は最初から知っていたのかもしれませんね。この人とヒアシ様の気持ちを。だからこそ

 この人に指一本触れずにいたのでしょう?本当は…父上もこの人に魅かれていたのでしょうに。)

男らしいとこの女はヒザシを評し、憧れていたと手紙に書いている。それだけでも父は報われるだろう。

「…髪を別れに与えるなど…本当は父上もこの人を愛していたのだろうに…」

だが父は己の身を引いた、ヒアシに食って掛かったのも女の為の芝居だったのだろう。

かつてヒナタへ向けた憎悪がネジへ日向の宿命を教えるためのものであったように。

ヒアシへ、この女への凄まじい想いを伝え、それ程の女なのだから大切にしろと伝える為に。

「…父上、俺もあなたのように、潔い男でありたかった。不甲斐無い息子をお許し下さい…」

父と母の遺影の前に、ネジは女から返された遺髪を供える。

それから火鉢の前に座りなおすと、手紙を再び手に取った。

「…これはもう…必要ないな…」

フッ、と苦笑してネジはその手紙を火鉢に入れ燃やした。

あの女の秘密は自分だけの胸にしまっておこう。多分ヒアシは知っているのかもしれないが。

それでもこの女の名誉のために、この手紙は燃やしてしまおう、それが弔いになる。

「あなたの告白、俺を救う光りとなった・・感謝する。どうか安らかに…」

ゆるゆると燃える炎は次第に弱まり、一筋の煙となって収束していった。

完全に消えた秘密の名残に、ネジは静かに目を閉じたのであった。





(2006/12/5UP)




☆秘密完了です。でも更なる秘密といいますか、蛇足になりますが
 実はハナビはヒアシ様の子ではありません(がーん)。
 結局ヒアシ様と正妻は夫婦の交渉を持たず、正妻は宗家に近い分家の
 恋人の子を産んだという、それこそ秘密!だったりして。
 ここではいらん展開になるので割愛しました。
 このあと、ネジ兄さんは自信を持ってヒナタ様にアタックするはずです。



                                
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