「秘密」後編
 
ヒナタの本当の母が死に、ネジはその秘密を負わされた重い気持ちのまま何日かを家で過ごしていた。

特に任務もなく、家で修練をする以外に為す事がなかったせいか、あの日の事が頭から離れない。

朝食の膳につきながら、ネジは深く物思いに沈んでいた。だが手は勝手に箸を動かし食事をネジの口へと運ぶ。

無意識の動作に、だが心はそこにはなく、ネジは片時も頭から離れないあの日の記憶を辿り続けていた。

重い気持ちなのは、秘密を負わされたばかりではない。

ヒナタへの…罪悪感が重いのだ。ヒアシが放った言葉。ヒナタをくれてやるという、あの…。

それを思い出した瞬間ネジは思わず乱暴に箸を置いていた。ガチャンッと響く常ならぬ音に使用人が慌てた。
 
「わ、若様?お口に合いませんでしたか?」

食事に何かあったのかと青ざめる使用人に、ネジは我に戻り、気まずいながらも違うと言い放つ。

それから、用事が出来たとその場しのぎの嘘をつき、逃げるように屋敷を出た。

行くあてなど無く、だが何となく家にも戻りたくなかったから、ネジは取り合えずと修練場に向かった。

朝露にきらきらとしている緑の世界。濡れた草の匂い。ざわめく森の音。

…不快であった。草木の生気はあの日を嫌でも思い起こさせる。奥深い緑の森、その中に守られた

一軒の家…そこにいた、ヒナタに瓜二つの…彼女の本当の母親。

『ヒナタを救って下さい…あの子を…どうか……』

胸が締め付けられた。思わずネジは自分を落ち着かなくさせるその記憶に奥歯を噛み締めた。

(何故だ?何故、娘を殺そうとした俺などに、その娘を託そうなど考える?あの人は…あの人は…)

俺の父への実らなかった恋を、娘を使ってまで叶えたいのか?

ヒナタ様を自分に重ね、俺を亡き父に重ね、自分達の子の代で悲恋を実らせたいと?

「それにっ…どうしてだ?!!」

思わずネジは傍にあった大樹へ拳を叩きつけ、声を荒げて叫んでいた。

「どうして?どうしてヒアシ様は…それを認めようとした?実の弟を裏切ってまで手に入れた程の女、

 それが死の間際まで己になびかず、死んだ弟への悲恋をかなえようとしているのを、何故見過ごそうと

 …いや、あまつさえ叶えようとした?…分からない、俺には…納得がいかない!!」

所詮自分はまだ子供ということか?大人の複雑な感情の機微など理解できようはずもないと、そういう事なのか?

だが何よりネジを苦しめているものは、彼らの思惑に逆らえない浅ましい己の恋情であった。

「…ヒナタ…さ…ま…」

苦しい、切なくて胸が引き裂かれそうだ。だが、所詮逆らえるはずなどないのだ、最愛の女に瓜二つのあの女に

ヒナタの母だというあの女に、彼女と良く似た儚い微笑と、甘い声で縋るように頼まれた、それを拒むなど…。

肩を震わせて、ネジは崩れ落ちるように座り込んだ。そうして声を殺して涙を流し続けたのであった。





散々悩み、己の中の罪悪感と何とか折り合いをつけ、気持ちを無理にでも落ち着かせるのに何日もかけ、

それでも何とかそれに成功したネジの元へ、それが届いたのは雪降る朝のことであった。

「宗家のヒアシ様からでございます。」

丁寧に渡された木箱。使用人が下がってから結界を部屋にはり、それから木箱にかけられた紐をといた。

静かに木箱を開けると、中には小さな箱がおさめられていた。注意深くそれを取り出し、ネジはそれを目の前に

かざした。仕掛けの施された木目細工の小さな箱。見事な細工は貴重で高価なものである。

箱の端に、あの女の名前が小さく刻まれていた。それに眉を顰めネジは溜息をつき、箱を膝に置いた。

(あの女の遺品だと?ヒアシ様は何がしたいのだ?)

と、木箱の方に目をやると白い紙片が箱の側面にくっつくように入っていた。死角となって見落としていたらしい。

どうやらこれに詳しい説明など書かれているのだろうと、ネジは白い紙片を開いて、はたしてそこに記されていた

ヒアシの手紙を読み出した。手紙は短いものでそっけなく、ネジは更に嘆息した。

『あれがお前に渡して欲しいと言っていた細工箱だ。貰ってやって欲しい。』

ただ、それだけ。

箱は全ての面が蓋のようになっており、それらを上手くずらしあって、最終的にうまくかみ合えば、中身に

辿り着けるというものである。だが日向の者には無意味なこの仕掛け…。

全てを見透かすこの白き瞳に隠し事など…。苦笑しつつもネジは白眼を発動し、箱を観察し始めた。

「っ?!!」

そこで彼は驚愕した。この…何の変哲も無い細工箱には厳重な結界が施されてあった。

そうしてこの結界の質はヒアシのものではなく、間違いなくあの死んだ女のものであった。

チャクラが弱い故に宗主の正妻にはなれなかった、そう聞いていたあの女がこれだけの結界を?

いや、不可能ではない。けれどこれだけの術をかけたのだとすれば、相当な負担だったに違いない。

主人であるヒアシにまで隠し通したかったものが、この中にあるのか?

…そうなのだとしたら…。

ネジは仏壇にある父の遺影を思わず見ていた。あの女が夢見るように焦がれていたヒザシ…。

だがすぐ隣りで微笑む母の遺影に思わず目を逸らし、複雑な思いで呪を解こうと試みた。

しかし箱は厳重で、おいそれとは透視できない。仕方なくネジは地道に箱の蓋をずらし鍵を解いていった。

どのくらいかかった事だろう?ようやく箱が開いたのは夜も大分更けている頃であった。



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