NEXT
 
傘を叩く雨の音が静寂な世界に響き渡る。ぽつぽつと、独特な雨の音。
季節のせいなのか、秋の雨は物悲しく感じる。雨の音さえ、そんな感じがした。
暫く無言で二人は雨の中を歩く。二人に横たわる沈黙が、今のヒナタにはありがたかった。
今日の結婚式のことや、ナルトに関することを話しだされたら、…自分を保つ自信がなかったから。
だが、森にさしかかった時、ネジがその沈黙を破って口を開いた。



「秋驟雨か…まるで今のあなたのようだな。」

「え?」

「泣きたいのに泣けないでいる。せつない雨だ。」

「っ!!」

「泣いたらどうだ?ヒナタ様。悲しいんだろう?」

「にい…さっ…」

「ここなら俺しかいない。」


破れた初恋の痛みを乗り越えるために必要だろ?そう、ネジの目がいっている。
それにヒナタが口を開け、でも言葉を見つけられずに狼狽していると、ネジが更に言を紡いだ。


「あなたがアイツを好きなのはアイツ以外、皆知っていた。
 でもあなたは今日、その感情を完璧に殺した。
 まるで友人に対する憧れしかアイツに抱いてなかったように。
 普段のあなたから想像も出来ない優秀さで
 同班のやつらまで欺いて、アイツの結婚式に水をささぬように。
 懸命にあなたは演じていた。」

「っ!!」

「…だが俺には分かっていた。あなたが声を出さずに心で泣いていた事。
 俺にはずっと見えていた。 あなたは内に秘めすぎる。一人で背負いすぎだ。
 だが、そろそろ俺にその荷を分けてくれてもいいだろう?
 あなたを誰より想うこの俺に。」


張り詰めた糸が切れたように、ヒナタは声が震えた。
震えて、そんなの駄目と思うのに勝手に口が引き攣った。
きっと、子供のようにみっともない顔で泣きそうになっている。
でも、とめられなかった。目の前がどんどん滲んで。
とうとう泣き出してしまった。

「うえっ…えっ…えっ…」

みっともない、子供のような泣き方だったから。
きっとネジに馬鹿にされると思ったのに。

「ヒナタ様…えらかったな。今日はよく頑張ったな?…もう声に出して泣いていいんだぞ。」

ぎゅっとネジに抱き締められる。
それにヒナタは思わず目を見開いて驚いたが、
でもネジのその労わるような優しい言葉に、もう我慢が出来なくなって。
ネジの腕の中で甘えるように縋り、大声で泣いてしまった。
あんなに無碍には出来ないと、鉛のように重くても離さなかったブーケが足元に落ちても
他の荷物が落ちて、ぬかるみにまみれて転がっても、もう気に止めることもできない。
ヒナタはネジにひしとつかまって、わあわあと泣き続けた。


「あこ…がれ…だったの、…とても大好きだっ…たの…だから…だからっ」


(気付かれるわけにはいかなかったの…他の皆にも…サクラちゃんにも
 …今日の幸せに
 私なんかの思いを持ち込むわけにはいかなかったから…だから…)



さあさあと、霧のように冷たい雨が降り続く。
泣きたいのに泣けなかった、誰にも涙を見せられなかった
悲しいヒナタをネジが抱きしてめて。
彼女の涙を解き放った。


秋驟雨はせつない雨…。
泣きたくても泣けない、そんな悲しい女性にたとえられる
儚くも切ない雨。

「うえっ…えっえっ…」

まるで今日のヒナタのような雨だった。

「ヒナタ様…。」

ネジが、泣きじゃくるヒナタをあやすように優しく背中を叩いた。


あふれる悲しみと切なさに。
ナルトを好きだった少女の自分を慰め、涙を流すことが今は必要だから…。
だから…声を上げてヒナタは泣き続ける。


そんな…肩を震わせ子供のように泣くヒナタをネジは黙って抱き締める。
暖かい鼓動、逞しい胸…今は何より安心する、確かな存在。
せつないのに…悲しくてたまらないから激しく泣いているのに。
なのにネジの胸に包まれていると、甘える事を許されたような気がして…
とても…救われた気持ちになった。
そして、あんなに悲しかったのに、だんだん違うものが湧き上がる。
涙を流しながら、心の底には暖かいものが溢れて始めていた。
雨の匂いがふと、ヒナタの鼻先を掠める。
失恋に嗅いだこの匂いは苦々しい記憶を呼び覚ますものになるのだろうか。

(ううん…違う、違うわ…)

きゅっ、と抱え込まれるように体を引き上げられ、ネジにほお擦りされる。
思わず甘えるようにネジの首へと腕を絡めて更にしがみついていた。
きっとこの雨の匂いは、優しい従兄の胸を思い出させるものにしかならない…

せつなさを詠われる雨は、初恋に破れた少女の悲しみを洗い流すように降り続ける。
悲しみが薄れ、曇りなき目でみつめれば、残されたそこに強く芽吹こうとしているものがある。

「…ありがとう…ネジ兄さん…私…幸せ者だね…?」

泣きつかれて掠れた声で囁いた。するとネジがヒナタの頭を撫でながら言った。

「ああ、幸せ者だぞ。好きな男に抱き締められて。」

「え?」

「あなたが好きでもない男に甘えたりするものか。ようやく本当は俺が好きだと自覚したんだろ?
 …だから幸せ者なんだ。」

くすっ、と思わず笑っていた。
何でも見通していると思っていたのに。

「ネジ兄さん…あのね…自覚したのは今じゃないの…ずっと前からだったの…その…もうかなり前…」

「えっ?!」

顔が火照ってヒナタは更にネジの胸へと顔を埋めた。言葉にしてから恥ずかしさに体が熱くなる。
そしてネジの体が微かに震えるのが伝わった。同時に傘がぱさりと地に落ちる。
それをとっさに拾おうとしたヒナタをネジが引き止めた。

「女心は複雑なのだな…俺にはよく理解出来ないが…でも…」

ぐいと、顎をつかまれ上向かせられる。
長い睫に縁取られたネジの瞳が影を落とし、ヒナタを見詰めている。

「とりあえず、心の隙に付け込むような卑怯者にはならずに済んだと、喜んでいいんだな?」

ヒナタが答える間もなく、ネジがヒナタの唇を塞いだ。

物憂げな森の中、さやさやと降り注ぐ秋驟雨は、やがて優しい雨の記憶となった。


                                            fin.
 


☆「雨の中のネジヒナ」に投稿した作品の、当初のかたち。かなり長かくてあれですが 
     読み比べて下さる方がいましたら、ありがたいな〜と。ロング読みたい言ってくれた○○様に捧ぐv
     (2006/9/11UP)




                        
トップへ
戻る