88888HITキリリク小説
  

            『春は遠くも』


びゅっ、と吹く風の冷たさにハナビは思わず小さな体を竦めた。

如月、暦の上では早春だが寒さが一番身に染みるこの月に

あの忌々しい行事がある。

聖バレンタインデー。

…女の子が好きな男の子に愛を込めてチョコを渡すというお祭りというか、そんな代物。

もちろんモテナイ男の救済措置として義理と呼ばれるチョコも存在する。それも菓子屋を

ただ喜ばせるだけのような気がするが。それでも世間はこのお祭りに浮き足立っている。

普段告白できないと躊躇いがちな女性たちを、このお祭りムードが押せ押せモードで

盛り上げてくれるから、内気な女性にはありがたいものなのかもしれなかった。

内気な女性…そこで思い浮かぶあのはにかむような笑顔。

(姉さん・・・) 

寒風吹きすさぶ中一人丸太相手に拳をぶつけていたハナビだが、愛しい存在を

思い出して手を止める。

だがその存在はこの馬鹿らしいお祭りに頬を染めて手作りのチョコ菓子など

何度も試作しては楽しそうに微笑んでいるのだ。

自分だけのものだった存在が今は他の男へと心を寄せている現実。

「なんであんな奴なんかにっ!」

ギリッと唇を噛み締めてハナビはダンっと強く丸太に拳を決めると

大きく溜息をつくのだった。



「ハ、ハナビちゃん、お疲れ様…温かいミルクでも飲む?」

家に帰れば非番らしい姉が出迎えてくれた。今年17歳になる

姉のヒナタは少しふくよかな愛らしい少女で、とても忍には見えない。

幼い顔立ちも優しげな表情もそれを助長していた。

そんな姉にハナビは舌打ちしたい気持ちになる。

「姉さんは非番でも中忍なんだから、のんびりしてないで修練でも

 なさったらどうです?」

「あ、う…うん、ごめんなさい。」

しゅん、と俯くヒナタに胸が痛んだが、ハナビの苛立ちはますます募るばかりだった。

大体この姉があまりにも愛らしいのがいけない。

だから己はこんなにも腹立たしいのだ。

イライラとした空気を漂わせ風呂でも浴びようとその場から立ち去ろうとするハナビに

ヒナタが、あっ、と声をかけてきた。

それに不機嫌さをあらわにしたまま振り向くと、ヒナタが頬を赤らめて言う。

「あ、明日バレンタインでしょ?ハナビちゃん、好きな子いる?」

「…どうしてそんな事を聞くんですか?」

「う、うん、あの、あのね、チョコあげたい子がいたら、

 い、一緒に作りたいなって…」

かぁぁと恥じらい指をもじもじさせるこの姉が、その瞬間何よりも憎らしくなった。

だから普段冷静で大人びているハナビにしては珍しく大きな声で叫んで

しまったのだ。

「馬鹿なことで浮かれているヒマがあったら自分を鍛えたら如何です? 

 姉さんは忍のくせに甘過ぎますっ!色恋なんかに気を取られるなんて

 …みっともない!」

12の少女にしては老成しているハナビ。

その厳しい妹の意見に人の好いヒナタはオロオロと反論するでなくうろたえていた。

その姉のさまにハナビはちくりと胸が痛んだが、それを振り切るように踵をかえすと無言で

その場を立ち去ったのだった。





「ハナビちゃんが最近冷たいんです…」

開口一番がそれだった。

朝修練のあとにこうして一緒に縁側で茶を飲むようになって4年近い。

最近では宗主であるヒアシが席を外す事が多くなり、ネジとヒナタ、二人きりで

過ごすようになっていたのだが。彼女の話題はといえば、大体が家族、

特に妹のハナビで占められている。

(・・・面白くない・・・)

内心、ヒナタが心を寄せるもの全てが許せなくて仕方がないネジ。

だがそんな素振りを見せるのは彼の山よりも高いプライドが許さないので、

「そうですか」と平静を装って感情をもらすことなく答える。

するとヒナタがぱっと顔を上げてネジへとにじり寄ってきた。

「もっ、もしかして、あの子、ネジ兄さんの事が好きなんじゃっ」

「はぁ?!」

「だ、だって、あの子、ネジ兄さんと私が年末に婚約してから

 イキナリ冷たくなったんです、 だ、だから、もしかしたらっ・・・」

(それは違うと思うぞ?)

半泣きで自分に縋りつくヒナタの愛らしさに目を奪われながらも、

内心ネジはヒナタの見当違いな推察に呆れてしまっていた。

だが少なからず当たっているとも取れる、想いを寄せる対象が逆なだけで。

「ネ、ネジ兄さん、どうしよう?わ、私、あの子を傷付けたくないのに・・・」

「・・・じゃあ、ヒナタ様はハナビ様が俺を好いているのなら、潔く俺を譲られるのですか?」


      
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