ライオンハート
君を守るため、その為に生まれてきたんだ・・・。
「あいつ、いつもお前の傍にいるな。」 同班の犬塚キバが怪訝そうにヒナタに話しかける。 ヒナタはキバに促され、その視線の先の気配を見詰める。 隠そうともしない、強いチャクラが漏れ伝わり、気配の人物は存在をあからさまにしていた。 「兄さん・・・。」 小さく呟くように呼んでいた。兄ではない。でもヒナタは彼を兄さんと呼ぶ。 従兄である彼を兄さんと。 ヒナタの小さな声に、ザッと風が巻き起こり、おびただしい木の葉がキバとヒナタを掠めた。 「ヒナタ様。」 すくっと目の前に立つ少年は厳しい眼差しだが、姫人形のように美しい顔立ちで。 抜けるような白い肌に色素の薄い独特な瞳は、ヒナタと同じモノだった。 同じ、因習深き古い一族の血を受け継いだ・・・・、日向の者。 「もう、日も暮れます。帰りましょう。」 静かだが有無を言わさぬ口調。これもいつもの事だ。 「おい、俺が送るからもう少しいいだろ?」 修行がまだあると、キバはヒナタの従兄・・日向ネジに言った。だが。 「だめだ。これは俺の役目だ。分家である俺のな。」 ぴしゃりとネジはキバを跳ね除けてヒナタに向き直る。強い視線をヒナタに向けてきた。 「アナタを守るのが俺の使命だ。言う事を聞いてください。」 結局、ヒナタはネジに逆らえない。いつも彼に監視され、束縛されていた。 ネジはヒナタが危険な目に遭わないよう、いつも先回りし忠告してくれる。 正直わずらわしい時もあるが、臆病なヒナタには安心出来た。 だからもうヒナタにとって、ネジはなくてはならない存在になっている。 依存していた。心地よい安心感をネジに抱いていた。 でも、時折不安になる。このままでいいのだろうかと。 「珍しいな?今日はアイツ、いないじゃないか?」 ネジがいない不安に脅えるヒナタへキバが話しかける。 「任務か?」 ふるふるとヒナタは首を振った。任務なら、ネジは必ず一言告げてから行く。 それに、ネジの代わりに誰か寄越すはずだ。分家の頂点に立つネジは自分で一族を采配できる。 非才のヒナタは当の昔に宗家から見捨てられていて、護衛は付かなかった。 だが、ネジはヒナタの護衛を自ら勝手にはじめ、自分が出来ないときは誰か寄越していた。 それだけの権力を彼は若干17歳にして手に入れていた。天才故に。 「ネジ兄さん・・・。」 あの厳しいが優しくヒナタを見守る気配がない。それだけで、こうもいた堪れなくなるのか。 ヒナタはキバの声も、誰の声も耳に入らなかった。 不安で、寂しくてヒナタはネジの家へ急いだ。なにかあったに違いない。そう確信していた。 「ネジ兄さん!!」 分家当主であるネジの家には使用人が何人かいた。ヒナタは見知った使用人に話しかける。 「兄さんは?」 穏やかな彼女らしかぬ取り乱しように、使用人の男は顔をひそめたが、言葉を濁しつつも答えた。 「ネジ様は大怪我をされて、入院中です。」 ヒナタの血が凍った。 病院のベッドに横たわるネジは意識不明の重体だった。傍にヒナタの父ヒアシがいた。 「・・・今朝、やられたようだ。敵はこやつが全員抹殺したが・・油断したらしいな・・。」 そういうと、ヒアシはヒナタに小さなペンダントを差し出した。血糊の付いたそれを受け取る。 銀色だったであろうそれはネジの血で赤黒く変色していて、ヒナタは涙が滲んだ。 小さく震え泣く娘にヒアシは目を細める。そうしてから彼はヒナタに言った。 「ロケットペンダントというらしいな・・・。なかに写真が入っているそうだが・・。」 ヒアシに促され、ヒナタは涙を袖で拭いながらそれを開けた。 なかには父ヒアシと同じ顔の、ネジの亡き父親の写真が入っていた。 「・・二重になっておるだろう?見てごらんなさい。」 見逃しそうな細工を、ヒナタは丁寧に開ける。そして驚愕した。 「え・・・・?」 そこには自分の写真が貼られていた。鼓動が耳障りな位に脈打つ。 「・・それに気を取られたのだろう。馬鹿なやつだ・・・・。」 「?!!」 ヒアシの声が微かに震えていた。初めて、ヒアシがヒナタの前で感情を零した。 だが、それも一瞬で彼は又、厳格な宗主の顔に戻ると静かにヒナタに言った。 「ヒナタ、ネジはお前を守る為に生きるのだと、かつて私に言いおった。」 「!!」 「宗家のためでなく、お前の為だけに仕えるのだとな。呪印も恐れず、勝手にお前を 護衛しだしたり、大した男だ。そう思わぬか?」 こくりとヒナタは頷いた。涙が溢れて止まらない。胸が張り裂けそうだった。 「・・・私はもう何も言わぬ。お前の心のままに生きるが良い。」 ネジもな、とヒアシは目を閉じた。 ヒアシが帰っても、ヒナタはネジの傍を離れなかった。沢山の管に繋がれたネジに胸が痛む。 青白いネジの顔。酸素マスクをつけていると別人のようだった。 「ネジ兄さん・・・。」 切ないまでの愛しさがこみ上げて、ヒナタはネジの手を擦った。冷たい・・。 「兄さん、兄さん、寒いでしょう?」 何度も何度も擦った。涙で視界が滲んで鼻がつんとする。それでも擦り続けた。 「私をおいて・・・逝かないでください・・・・。」 嗚咽交じりに囁いた。ネジの耳元に口付けるように何度も囁いた。こんなにも。 こんなにも大切なひとになっていたなんて・・・ どうしてもっと早く気付かなかったのだろう?後悔ばかりが胸をついた。 「ネジ兄さん、あなたを愛してます・・・。」 心の底からでた言葉は、機械音だけが響く病室に空しく響くだけだった。 『ヒナタ様、何をしている?危ないだろう!』 『早く家へ帰れ!何かあったらどうする?!』 『何だ?ちゃんと忍具を確認したのか?足りないじゃないか!』 いつも、いつもヒナタを心配してくれたネジ。厳しい表情だが時折優しく見つめてくれた。 「にい・・さん・・。」 ネジの手を握り締めながらヒナタはその大きな手に頬を寄せる。 「あ・・いしてる・・・。」 (いつも守られてばかりで、ごめんね?何も兄さんに返せなくてごめんね?ほんとうに 私、馬鹿だから、何も気付いて上げられなくて・・ごめんなさい・・。) 自分をこんなにも深く愛してくれていたのに、甘えるばかりで気付こうとしなかった。 彼の傍にいるための口実に「兄さん」と呼んだ、曖昧でずるい自分。 本当はとうに兄でも従兄でもなかったのに、認めるのが怖かったのだ。 「でも、これからは逃げないよ?私はあなたが誰よりも好きだから・・・。」 甘えるように掌にほお擦りする。涙がネジの掌を濡らした。 ぴくり。 「!!?」 微かに動いた指先。ヒナタは驚いて顔を上げ、手を握ったままネジの顔を覗き込んだ。 「ネジ兄さん?」 問いかけに微かに瞼が震えた。そうしてゆっくりと目が開かれる。 色素の薄い瞳が空をさまよい、次第に瞳にちからが戻ってきた。 「・・・・ひ・・なた・・さま・・・?」 「ネジ兄さん!!」 大好きなネジの声にヒナタは胸が熱くなる。 思わずきゅうっとネジの手を胸に抱きしめるように握った。 それにネジがびくりと震えた。 「あ・・、ヒナタ様?」 「兄さん、兄さん、意識が戻って良かった!!い、今お医者様をすぐに呼ぶからっ!」 慌しく病室の気配が動いた。だが、それは希望の慌しさで。 「意識さえ戻ればあとは大丈夫。綺麗に直してあげますよ!」 医師の声にヒナタは頭をさげて、ありがとうございます!と何度も言い続けた。 そんなヒナタをネジは愛しそうに見詰めていたのだった。 ★ これ、 ネジはヒナタの白眼を狙う敵にやられたのですが、ヒアシ様はそれについては ヒナタを思って何も告げませんでした。 |