バレンタインの悪魔
        

 「ナ・・・ナルト君、あの、あの・・・!!」

 真っ赤に染まったヒナタの精一杯の声にナルトは振り向いた。

 「おう!!なんか用か?ヒナタ。」

 「あの、・・・・あの、こ・・これっ・・。」

 オズオズと差し出された小箱は、綺麗にラッピングされており、リボンまでかけられている。

 ナルトは、あっと叫んだ。そして破顔する。

 「サンキュー!!お前ってばいい奴だな!これってバレンタインチョコだろ?」

 「う、うん。」

 消え入りそうに真っ赤になってヒナタは俯いた。

 ナルトはチョコを受け取ると白い歯をみせて笑った。

 「義理でも嬉しいってばよ!」

 「え?」

 「ヒナタは俺の大事な仲間だってばよ!いつまでも友達でいてほしいってばよ!」

 「・・・・・・・・」

 「じゃあなっ!本当にサンキュ!!」

 ナルトはニコニコして手を振りながら去っていった。金の髪がまぶしかった。

 ヒュウッと冷たい冬の風が吹き抜ける。

 (やっぱり・・・私なんかじゃ・・だめなんだ。)

 告白する勇気もなく、ただ見詰めるだけの恋。淡く儚いその想い。

 小さく溜息をついて、ヒナタは家路についた。



 「姉上、ナルトにチョコ渡せたの?」

 「うん。」

 「で、どうだった?」

 「・・うん、義理だと思われちゃって・・・駄目だったよ・・。」

 しゅん、と俯くヒナタに妹のハナビが盛大な溜息をついた。

 何年越しの片思いなのか、ヒナタは15になった今でも告白出来ないでいる。

 10のハナビの方がませていた。アカデミーに彼氏までいるのだから。

 「姉上は消極的すぎるんだよ。よし!今から告白しに行こう!!」

 「え?え?」

 焦るヒナタを説き伏せ、ハナビは駄目な姉をひきずるように町へ出たのだった。



 「よし!ナルトが来たよ、姉上。」

 「う、うん。」

 踏ん切りがついたのかヒナタは緊張しながらも、ハナビの言う事を素直に聞いている。

 姉のそんな様子にうんうんとハナビは頷いた。

 「あいつ、案外押しに弱そうだから、強気で一気に告白だよ?分かった?」

 「う、うん。強気で一気に・・・が、頑張りますっ。」

 はーっと大きく深呼吸してヒナタはナルトを物陰から見詰めた。

 人ごみの多い夕方の時間帯。だが、運のいい事に通りにはナルトしかいない。

 「今だっ!!姉上っ!!」

 どんっ、と思い切りハナビに突き飛ばされ、よろめくヒナタ。

 ドスッと、倒れこむように受け止められ、ヒナタは一気に告白した。

 「すっ・・好きです!あなたの事が、大好きです!!」

 ぴくんっ。ヒナタを受け止めていた腕が反応した。

 胸に押し当てられていたヒナタの耳に相手の鼓動が早鐘のように鳴っているのが伝わる。

 それにドキリとヒナタは胸が高鳴った。

 (ナルト君?ナルト君もどきどきしてくれたの?)

 「へえーっ!ヒナタってばそうだったのか!!しかし大胆だってばよー!」

 「だっ・・だって・・。私、どうしても伝えたくて・・・・。」

 はにかみながらヒナタは顔を上げる。潤んだ彼女の瞳がとらえたのは・・・・。



 「・・知らなかったな。いつから俺が好きだったんだ?」

 「あ・・・。」

 そこには頬を紅らめるネジの姿があった。

 そしてその隣で頭の後ろに腕を組み、ニヤニヤと笑うナルト・・・。

 (え・・?あれっ・・・?私、間違えちゃった?)

 呆けるヒナタにネジがコホンと咳払いをする。

 「告白は二人きりの時の方が良かったんじゃないか?よりにもよって、ナルトの前とは。

  ヒナタ様もやっと憧れから卒業してくれたのかもしれないが・・・。」

 「憧れ?」

 ナルトがネジの発言に不思議そうな視線を向ける。だが、ネジは無視した。

 そうして真っ赤になって焦るヒナタをネジは意地悪く見詰める。

 「で、俺の返事を言ってもいいのか?」

 「え?あ、あの・・・。」

 「俺もあなたが大好きだ。もうずっと昔からな。喜んで恋人になってやろう!」

 「なっ!!」

 驚愕し、頭の中が真っ白になるヒナタの耳にナルトの無情な声が届いた。

 「おめでとうってばよ!!お前らお似合いだってばよ!!」


  
 「あ・・姉上・・・。」

 物陰から一部始終を見ていたハナビは、なす術もなく青ざめていた・・・。



 「ヒナタ様、大胆なアナタも中々良いな。」

 フッ、と照れながらネジが目を閉じた。

 「は、はあ。」

 今更、あれは間違いでしたとも言い出せない弱気な己の性格が恨めしい・・・。

 (どうしよう・・・。ネジ兄さんに恥をかかせるなんて・・・・出来ないよ・・・。)

 ナルトは、気を利かせて立ち去っていた。物陰で見守っていてくれたはずのハナビも気配がない。

 (ハ、ハナビ、どうしちゃったんだろ・・。助けてほしいのに。)

 こうなったら、自分の口からではなくハナビから事の誤りをネジに伝えて欲しかったのだが、

 肝心のハナビは全く現れてくれない。

 「ヒナタ様、何をきょろきょろしている?」

 ぎくりとヒナタは青ざめた。

 「べ、別に何でもないよ・・・。」

 「そうか。」

 にっこりとネジが笑った。その表情にヒナタは思わず見惚れてしまい、慌てて目を逸らした。

 (どうしよう、どうしよう。本当の事知ったら、ネジ兄さん、、もうこんな風に笑ってくれないかも・・!)

 ヒナタの中で、それだけは嫌だという感情が湧き上がった。

 ネジにだけは二度と嫌われたくない。もう昔のように避けられるのは絶対耐えられない。



 (あ、あれ?私、どうしちゃったんだろう?)

 今隣を歩くネジの横顔をじぃっとみつめながら、ヒナタは突然湧き上がった感情に戸惑っていた。
 


 「ヒナタ様、ところで俺はアナタから今年は貰っていないのだが?」

 「あっ!!」

 ネジの為に用意したバレンタインのプレゼントは家に置いたままだった。

 甘いものが苦手な彼の為に用意したのは手焼きせんべい・・・。ヒナタが焼いたお手製の一品。

 「ごめんなさい、あの、家に置いて来てしまって・・・。」

 申し訳なさそうに誤るヒナタに、ネジは微笑した。

 「いいさ。今年はこれがある。」

 え?と顔を上げたヒナタに影が差す。



 夕暮れの帰り道。周りには誰もいなくて。ネジとヒナタしかいなくて。

 「・・・・行こうか。」

 静かにネジがヒナタを促す。ヒナタの冷え切った右手を引きながらネジは歩き出した。

 「う、うん」

 さっき、ネジが触れた唇が熱い。ヒナタは軽い眩暈を覚えながらもネジの熱を帯びた手に

 導かれるように後をついてゆく。

 うれしい、と素直に感じていた。



 (ごめんね?ネジ兄さん・・・。私、ナルト君が好きだったの・・・。)

 照れくさいのか振り向きもせず、歩き続ける従兄にヒナタは心の中で語りかけた。

 (でも、変なの・・。あなたにだけは嫌われたくないの。あなたを失いたくないの。)

 アナタニキスサレテ、トテモウレシカッタノ・・・・・。



 始まりは間違いだったけど、そのおかげで自分の気持ちにやっと気付いたヒナタは幸せだった。



 「ネジの奴!!私に幻術を使うとは!これが年上の男のすることかっ。」

 ハナビは、あの直後ぐるぐると同じ場所をさまよい、結界の中に閉じ込められていた。

 やっと抜け出した時は、布団の中で寝ていた。幻術で惑わされ、自宅に帰りひとり夢の中を

 さまよい続けていたらしかった。

 (まてよ?私の存在に気付いてこんな真似したということは・・・・・!!)

 ハナビは、愕然としてしまった!


 「あいつ!わざとかっ?!」


 (きっとアイツは最初から自分達の行動を影で見ていたに違いない!)

 その上でヒナタの告白の邪魔をして、更に人の良いヒナタの性格に付け込んだのだ。

 「あの野郎・・・・。」



 バレンタインには悪魔がいるらしい。


                               
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