ハナビの恋(シキハナ)
                



 私は彼に本当の恋をしてしまった・・・・。



 「始めまして、ハナビ様。日向シキです。お見知りおきを。」

 その青年は日向には珍しい金の髪をしていた。姉上と同じ21歳だという。

 分家頭の嫡男で、他の里に囲っていた妾の子らしい。最近跡取りを失った当主が引き取ったのだと聞いていた。

 宗家の嫡子としてわたしは父の隣でその青年の挨拶を受けていてそんな事を思い出していた。

 「随分綺麗な男だが、軟弱そうだな。」

 それがシキに対する父の印象だった。わたしもそう思った。

 「仕方あるまい。何処の馬の骨とも知れぬ女に産ませた子だ。辛うじて白眼は受け継いでいるが、

    あの色を見たか?濃く蒼味がかった白眼など、見た事がない。あやつは日向の出来そこないじゃ。」

 口の悪い祖父が馬鹿にするように言った。私はこの祖父が苦手だった。

 今と同じ口調で姉上をも蔑む祖父が。

 「でも、彼はとても綺麗だ。日向であれ程の美貌の者を私は見た事がありません。」

 庇うつもりはなかったが陰で人の悪口をいう祖父にあてつけで言っていた。

 案の定祖父は面白くなさそうに口を曲げた。

 「ハナビ。」

 父が諌めるように私を睨んだ。

 「申し訳ありません。」

 私は一礼すると宗主の謁見の間を出た。

 背後では祖父が父になにやら注意する声がしたがいつもの事だ。私はさっさっとその場を離れたのだった。
 

 
  面白くない事があると、私はよく日向の敷地内にある演習場に行く。

 そこで一人修行などをして汗を流すのだ。

 おかげで腕は上がったが、硬い筋肉がついてとても16の少女には見えなくなっていた。

 色も姉上のように白くないし胸もない。おかげでよく男に間違われてしまう。

 だが、私は宗家だ。最強の忍びの一族の宗主になる身だ。そんなことには構っていられない。

 ひたすら強く己を鍛えるだけが今の私に課せられた使命なのだ。・・私は枕木を思い切り蹴った。

 「さすが姫頭領になられるお方ですね。無駄がなく美しい。」

 背後から男の声がかかった。さっきの日向シキだった。

 「・・なにか用か?」

 まるで気配がなかった。私はこの男に警戒心を抱いた。

 仮にも次期宗主として鍛えられてきた私は上忍並の実力は持っている。

 日向で私を出し抜くなど父と、そして日向始まって以来の天才にして従兄の日向ネジ位のものだ。

 見た目は儚げな美青年なのにこいつは侮れないかも知れない。そう直感した。

 「ハナビ様はとても綺麗な黒髪ですね。」

 「なに?」

 「日向の方々は皆黒髪ですが、中でもハナビ様のはまるで絹のように艶やかで美しい。」

 にっこりと、それこそ花が零れる様にそいつは笑った。その笑顔に私は不覚にも見惚れてしまっていた。

 「ははっ。それにとても可愛らしい。僕は好きだな。」

 「っ?!」

 私が可愛い?!いきなり何を言い出すのだ?あまりな事に私は顔が熱くなり声も出せなくなってしまった。

 なのにシキはニコニコとしながら話しかけてくる。

 「噂は宛てにならないものですね。」

 「?」

 「ハナビ様は男勝りで気の強い堅物だと聞いていましたが、まさかこんなに可愛らしい方だったなんて。」
 
 
私は面食らってしまった。何故なら私は宗家の嫡子だ。幼い頃より分家に畏づかれて生きてきた。

 だからこんな口を聞くものは誰一人いなかった。

 あの尊大な口を姉上に訊くネジでさえ私に対等な口は訊かない。なのにこいつは・・・。

 「ふん。私が可愛いだって?私に取り入るつもりか?」

 長年外の世界にいた男だ。私にこんな口を訊くのもそのせいだろう。

 そして浅はかにも私に取り入ろうと世辞を言っているに違いない。だがシキはきょとんとした顔で言った。

 「どうしてわかったんですか?」

 「なんだと?!」

 開き直る気か?!なんて奴だ。顔がいい奴は頭が悪いと誰かが言っていたがどうやら真実らしいな。嫌な男だ。

 「私はお前が気に入らない。馴れ馴れしくするな!」

 「でも僕はあなたが気に入りました。あなたの地位じゃなく、あなた自身に取り入りたい。」

 「!!!」

 「一目ぼれなんてある訳がないとネジに笑ってやったけど。」

 シキが目の前に近づいてくる。近くでみると益々その綺麗な顔に驚いてしまう。

 綺麗なのに冷たいどころか優しげなその表情は姉上にどこか似ていて・・・。

 だから私は油断してしまったのだ。シキが私の唇を奪った事に気が付いたときはもう遅くて。

 私は華奢に見えるが以外に逞しいその体に抱きしめられていたのだった。 

                      
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