第四話


 


「…以上です。」

脅迫犯を一網打尽に捕らえて、任務は今夜の時点で達成し、ネジの依頼者への報告で終了した。
あとは里に戻り報告書を提出して完了する。

「ご苦労様、本当に良い仕事をしてくれて助かったわ。」

また、あの纏わりつくような視線。
どうやらネジはこの依頼人の妖婦にいたく気に入られてしまったらしい。
女がさり気無くネジへと触れてくるのが、どうにも不快であったが…。
この遊郭は木の葉の忍びたちもかなり世話になっている、大事な情報源で息抜きの場でもある。
だから、あまり無碍に扱って怒らせる事も出来なかった。

「ねえ、里へ戻るのは明日でいいでしょう?任務も済んだことだし、今夜は私が癒してあげるわ…」

二人きりにされた時から嫌な予感はしていたが、今や妖艶な体を摺り寄せてネジの頬を撫でながら誘うこの女に、
ネジはかなり嫌悪感を抱いてしまう。
まだ少年であるが、長身で体の出来ているネジを女は欲しがっている。
大体この年代の若者は抑制の効かないもので、その荒々しい若さを女は期待しているのだろう。
だがネジは普通の少年ではない。
その精神は鋼のように鍛えられ欲望に押し流される事は皆無。

「ねえ…いいでしょう?」

女が当然そうなっているだろうとネジに触れる。
だが次の瞬間、彼女は声をなくした。
女の手を掴み引き剥がすとネジは表情一つ変える事なく言い切った。

「時間の無駄です。お相手は他で調達された方が賢明ですよ。」

「なっ…なによ、あんた、男色なわけ?!それとも不能とか?」

散々な言い草だが面倒は避けたいと、ネジは否定も肯定もせず、曖昧な笑みを浮かべるにとどめた。
そうして狼狽する女を後に部屋を出ると、大きく息を吐く。

あんな女と同じ空気を吸うのも嫌で呼吸を少なくしていた。
自分でも子供だな、と思うが。

今回は、他族の女に簡単に反応しないようにと訓練されてきた事が役立った。
一族専門の房術指導…ヒナタは多分知らないと思うが…。分家の男は10歳を過ぎれば皆大人扱いされる。



「ネジ!ヒナタさん連れてきたわよ!」

部屋を出た廊下でテンテンに呼び止められる。
ネジは彼女の背中に隠れるように小さくなっているヒナタを真っ先に見た。
そして恥ずかしそうな決まりが悪そうなその表情に思わず笑みが零れていた。

「ああ、ご苦労だったな。じゃあ…あとはヒナタ様に話しがあるから…」

「ええ、お邪魔虫は消えるわよ、じゃ、ヒナタさん、頑張ってね?」

「テ…テンテンさん////!」

にやにやと笑いながらテンテンは二人を交互に見ながら立ち去った。

残されたネジとヒナタは暫く無言で立ち尽くしていたが。
その沈黙をネジが破る。

「…ここでは落ち着いて話も出来ない。場所を変えよう。」

「え…あ、はい…」

ネジの後をついてヒナタは遊郭から外に出た。
空が明るみはじめて、もう夜明けなのだと気付く。
今夜は結局眠る事は出来なかった。このまま、里に帰り報告して初めて休息がとれるのだろう。
人気のない漁師小屋の近くでネジが立ち止まった。

「ここでいいだろう。ヒナタ様、さっきの事についてだが。」

びくんっ、とヒナタの体が震えた。
あんな恥ずかしい失言をした上、任務放棄をしてしまった、それをネジがとがめぬはずがない。
叱られる恐怖に身が竦んだ。

「あっ…あの、あの…わ、わたし…」

テンテンの希望をもたらす言葉も、今は思い出せないほどネジが怖くて仕方ない。
上司としてのネジ。規律に厳しい忍の中でも彼は特にその厳格さでは有名だった。
忍びとしての技量もさることながら、部下をまとめ策をろうじ遂行する完璧な仕事振りは天才の名に恥じぬものだ。
だがそれら全ての成功の影にはネジの一切の妥協を許さぬ厳しさがあった。
己にも厳しいがそれ相応に一緒に任務をこなす仲間にも甘えを許さない。
それが任務達成率90%を誇る優秀な小隊長としての彼を、ここまでに育て上げる要因となった。
だから、きっといかにヒナタが彼の主従関係にあって、仕えるべき相手であったとしても、彼は容赦しないだろう。

(ああ…絶対怒られる…どうしよう…どうしよう…)

昔だって彼が怖かった。
でも今は…魅かれているからこそ、彼の叱責を受けることが怖くて…つらいのだ。


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