第三話

 

「ヒナタさん。」

口寄せした忍具を駆使してヒナタの居場所を何とか突き止めたテンテンは、松の木の下で蹲る彼女に声をかけた。
テンテンの声にびくりと震えてヒナタが顔を上げる。
泣き腫らした目元が痛々しかった。

「ヒナタさん…誤解だったのよ?」

今夜は満月で、静かな海に光りが反射し視界も明るい。
ヒナタは涙を拭いながらテンテンの顔をまともに見れず、また俯いてしまった。
自分が恥ずかしくて後悔ばかりが押し寄せて。

「ええ…い、今はわかってます。兄さんが任務中に…ふ、ふしだらな事する訳ないもの…
 な、なのに…ごっ…ごめんなさい…任務を投げ出すような真似をしてしまって…」

「ヒナタさん…」

「そ、その上…私ったら…っ…勘違いして…あ、あんな事言って…ばっ…馬鹿みたいっ!」

感極まってヒナタは又泣き出してしまった。
ネジにあわす顔がないと、ヒナタは声を殺して泣き続ける。
テンテンはそんなヒナタの背中をさすりながら何とか励まそうと声をかけ始めた。

「ヒナタさん、大丈夫よ。ネジは恥ずかしいなんて思わないわよ。」

「でっ…でもっ」

「それにアイツはあなたをとやかく言える立場じゃないし。」

また、疑問を抱かせるテンテンの、含みのある言い方。
もの問いたげなヒナタの視線に、テンテンは彼女が泣き止んだ事に安堵しながら口を開いた。

「だって、ネジは…」



「だってネジは…ずっと嫉妬してたから。」

「え?」

「ネジはね、ずっとあなたに近寄る男の子を裏で牽制してたのよ。だからヒナタさんには
 同班のキバとシノしか近づく事が出来なくなっちゃってさ。」

「まっ…まさかっ」

「思惑は私からは言えないけれど、とにかくヒナタさんに、不用意に近づける異性はネジのせいで皆無な訳。
 仲間であるキバとシノにさえ、何だか釘を刺してたみたいだし。ネジは分家だから宗家を守っているに
 過ぎないとか言い張ってたけど。」

「わ、私もそうだと…お、思います。宗家だから…兄さんは私を…」

「何にしても、お節介すぎよね。でもヒナタさん?」

「は、はい?」

「あのプライド高いネジが、分家としてあなたより下にでたことが一度でもあったかしら?」

「?!」

「宗家だ分家だ言ってるわりに、ネジはへりくだろうとした試しがないわよね。私から見る限り、
 あなたに対しては特に、丁寧語なくせに態度は横柄なくらいだし。」

確かに…ネジはプライドが高く、宗主であるヒアシにさえ完全に服従している訳でもなかった。
宗主にさえそうなのだから、ヒナタなどには表面上敬語で接しはするものの、態度は威圧的でおよそ身分の差など
匂わす事もない。

「た、確かにそうですけど…でも…それが?」

「宗家だからお守りしてる、という大義名分はネジの行動には当てはまらない、という事よ。
 だから、単なる嫉妬でお節介なやきもち、というやつかしら?」

テンテンの言ってる意味が、まだよく理解出来ない。

それに、お節介なやきもち?

だったら、それはネジでなく、今夜のヒナタにこそ相応しい形容ではないか?

「まあ、色々あるようだけど、とにかく戻りましょう?私が伝えたい事は、要するにネジに気後れする理由なんて
 ないという事だけよ。」

つい、と腕を引かれて月夜の中、テンテンと遊郭方面へと歩き出す。
泣きすぎたせいで頭がぼんやりして、まだよく飲み込めないけれど。
でも、テンテンの話しを聞いているうちに、少しずつ勇気も湧いてきた。



確かにテンテンは、ネジが嫉妬してると言った。
とぼとぼと歩きながら、ヒナタはぼんやりと彼女の言葉を何度も頭の中で反芻している。
月の光りを背中に受け、歩む先には己の影が伸びている。
その影を追うようにあぜ道のでこぼこした土を踏みしめ、ヒナタは俯き又考える。

『お節介なやきもち。』

やきもち?
何に対して?

ヒナタが宗家だから?
その立場に対して?
だからヒナタを傷つけようと、ヒナタが異性に好かれないと思い込ませようとしたのか?
ヒナタの女としての自尊心を傷つける為に彼らを遠ざけたとでも?

(ううん、ネジ兄さんはそんな卑劣な人じゃないわ!)

第一、誇り高い彼がそんな事する訳がないのだ。

ではどうしてそんな真似をするのか?
もしや彼はヒナタを異性として意識して、ヒナタに近づく男達に嫉妬していたのだろうか。

一瞬浮かんだ考えをヒナタは急いで否定した。
ネジはヒナタを好きでないと言い切ったではないか。
だから恋愛感情からの行動でない。

(私ったら…一瞬でも自分に都合よく解釈しようとするなんて…は…恥ずかしい…)

でも…

だったら…なに?

なんなの?

テンテンは、ヒナタの告白じみた叫びをネジに恥じる事はないと言った。
ネジにヒナタをとやかく言う事は出来ないのだと。

わからない…。

ぐるぐると渦を巻く疑問はとめどなく。
ヒナタはネジに会うことに対して、最初ほどのためらいはなくなったものの、
不安な気持ちを打ち消す事は出来なかった。

「ヒナタさん、ネジから逃げては駄目よ?何があったか知らないけれど、噂は本当だったと
 私達は今でも思っているからね。」

「えっ?」

いつまでも迷うヒナタの様子に、とうとうテンテンは居た堪れなくなったのか。
ネジはヒナタを好きだから、異性を遠ざけたに違いないと、告げたのだった。






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