第一話
「俺はヒナタ様なんか好きじゃありません。」 そう、はっきりと言われてヒナタは目の前が真っ暗になった。 居た堪れず目を逸らす。だが無情なネジの言葉は続いた。 「何を勘違いされたのか知りませんが。」 更に付け加えるようにネジが口を開く。 「俺はヒナタ様に特別な感情など抱いてません。」 木によりかかりながら腕を組んで斜にかまえる彼は さもつまらないといった風に盛大に溜息を吐いた。 「迷惑な噂です。まさか真に受けたりしてないですよね?」 俺がアナタを好きだなんて馬鹿な噂、とネジは腕を組み直した。 「も、もちろん…そんな噂…信じてはいませんけど…」 ああ、やはり勘違いだったのだとヒナタは一瞬でも期待した己を恥じた。 いのやサクラ、テンテンにのせられてネジの気持ちを聞いていた自分。 最近気になって仕方なかったネジがヒナタを好きらしいと聞けば嬉しくない わけがなかった。だから、思わずネジへとそれとなく尋ねてみたのだが… だが淡い期待は見事に砕け散り、残ったのは悲しいまでの虚脱感だった。 ネジが噂どおりにヒナタを好きではないと知って。 ヒナタは少しでも期待に胸を疼かせた自分を恥じた。 それから前以上にネジと気まずくなり、顔を合わせないように避け続けた。 だが人間いやな時ほど思うようにいかないもので。 「ヒナタ〜、ガイ班と合同任務だとよ。」 8班のミーティングでキバにそう言われた時には血の気が引いた。 (ネ、ネジ兄さんと一緒?!) 先日あんなに冷たく返されたばかりなのに。 だから朝練習に訪れる彼と顔をあわせぬように奥に引っ込んでいたのに。 一族内の集会でも目立たぬ席で縮こまって彼の目に触れぬようにしていたのに。 (ど、どうしよう?合同任務なんて、いやでも顔をあわせなくちゃならない…っ) 震えるヒナタの視界の隅にネジのつま先が入る。 「今回の任務、俺が小隊長だ。」 少し高飛車な声がヒナタの耳に響いた。 「あら〜?こちら、綺麗な子ね。」 任務依頼人の妖艶な女がネジの顔に手をかける。 ガイ班と8班は、波の国にある有名な遊郭にきていた。 そこで、依頼人である経営者の女と客間で接見している。 合同任務はこの女の経営する廓の警備と、脅迫状を送り続ける犯人を捕まえること。 その詳しい内容と、これからの打ち合わせをしようとした矢先。 女がネジの美貌に目をつけて、ちょっかいをかけ始めたのであった。 「坊やだったら、いつでも唯で大歓迎よ?」 稀に見る妖婦。 艶っぽい笑みに男ならだれでも虜にされ、何もかも搾り取られてしまうだろう。 現にネジ以外の男たちも、この妖しくも華やかな廓の空気に、そわそわと落ち着きがない。 そんな周囲の変化にヒナタはネジがどんな反応を返すのか不安になった。 ネジは何も言わず、女のされるがままに唯正座したままだ。 (や、やだ、ネジ兄さん、早くそんな人突き放して…っ) もやもやとした、真っ黒い感情がヒナタの中で渦を巻いていた。 その後の事はあまりよく覚えていない。 真っ黒な感情に支配されて、目がくらんで、そんな自分が嫌で俯いてしまったから。 嫌なら目を逸らせばいい、傷付くのがいやなら。 見なければいいのだ。 「何だか、あまり気分の良くない任務よねえ。」 夜、外で警備に一緒についたテンテンがそう溜息をついた。 正直、同じ女性がいてくれて気が楽になる。 ここの空気は例え見知った仲間のキバとシノとでも意識せずにはいられない雰囲気であったから。 「さっさと片付けて里に帰りましょ。ね?ヒナタさん、」 「う、うん…が、頑張りましょうね。テンテンさん…」 「それにしても、ネジってさあ。」 いきなり話題に出された名前にヒナタはびくりと体が震えた。 だが、テンテンは気付かないのか話しを続ける。 「ネジって相当嫉妬深いよねえ。」 嬌声が遠くから聞こえる。 それにかき消されそうなテンテンの指摘が、ヒナタの胸にさざ波のような疑問をおとした。 『お兄さんなら、ただで…』 昼間の女主人の色目使いを思い出し、ネジはゾッと身震いした。 (気色悪い、一番嫌いな人種だ。) 自分を何よりも優れていると驕りたかぶるタイプ。 それも人間の一番触れて欲しくない性的なもので仕掛けようとする輩。 虫唾がはしる。 「ネジ、テンテン達と、キバ君達は廓の警護、異常なしのようですね。」 リーが腕立てふせをしながら、語りかけてきた。 ネジとリーの役回りは、この廓へ脅迫状を送り続ける人物の捕獲。 文面からここに詳しい者と判明した。 更にネジの白眼でチャクラを特定。 あとはそのチャクラをもつ人物が、一番人の出入りのある夜に紛れて現れるのを待つのみ。 なので二人は受付をする番頭の隣りで待機している。 退屈したリーが勝手に自分ルールで自己修練を始めても、誰も気にかけるものはいなかった。 客はそれよりも色香を撒き散らす遊女に目をやっている。 (気持ち悪い…) 媚を売る夜の蝶に群れる蛾のような男達。 そんな穢れを払うようにネジは目を瞑り、清廉なヒナタの笑みを瞼に浮かべていた。
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