18万打御礼小説「秘密」
                         
 

「ここは?」

ネジは訝しげに宗主ヒアシを見た。話しがあると言われ連れて来られたのは里から少し離れた森。

厳重に張り巡らされた結界を四度解き、ヒアシは森の奥へ奥へと進んでいく。

やがて鬱蒼とした森の中に一軒の小さな家があらわれた。

みれば何人か日向の者がよく手入れされた庭先で薪を割ったり、水を打ったりしている。

(誰か重要な人物でもかくまっているのか?)

日向の者はネジの目からみても、相当腕の立つものばかり。それを里の任務にまわさず、こんな人里離れた
  
わびしい家に仕えさせるなど、どうみても特別だ。否、森へ入るために何重にも張り巡らされた結界を解いた時

から特別だとはわかってはいたのだが。

ヒアシに促されて家に足を踏み入れる。ひんやりとした土間に入った瞬間、外観の質素さと違い中は相当贅を

かけられているのだとわかった。高価な調度品と装飾。土間から窺った床張りの使用人が仕事をする台所でさえ

上質な栗の木材でしつらえられている。その床張りの部屋から続く廊下から先にみえる壁はしっくいに重厚な

黒い漆塗りの柱があって、宗家に勝るとも劣らぬ作りであった。

(・・・一体…誰がここにいるというのか・・・)

ますます深まる疑問。だがそれはすぐに解明された。



「・・・ヒナタの母だ。」

ネジの目に飛び込んできたのは、病床につく儚げな女性だった。そしてその顔を見た瞬間に身が竦みあがった。

と、同時にヒアシから漏れた言葉に追い討ちをかけられるように心臓が跳ね上がる。

「なっ・・・なんですって?!」

ヒアシの妻はハナビを産んで三年後に亡くなったはずだ。そう、ネジは記憶している、間違いない。

だが、目の前のこの女は?ヒナタに・・・瓜二つのこの女性は?

「・・・私の・・・妾だ。そして・・・」

「?」

「ネジ、お前の父親の・・・婚約者だった。」

「なっ?!!」

「色々と・・・あったのでな。」

ヒアシは憂いを帯びて、その昏々と眠り続ける女を見詰める。そのまなざしは痛みを帯びて複雑な思いを

秘めたような・・・そんな悲しいものだった。ネジはかなりうろたえる自分を自覚してしまう。何も言葉にならない。

そんなネジへとヒアシは座るように勧めると、静かに口を開いた。



「これはな・・・昔、お前の父から奪った女だ。政略で決められた婚約者をもつ身でありながら・・・どうしようもない

恋情から・・・妾にしたのだ。ヒザシは私を罵ったが・・・分家の身では逆らえず、ヒザシはこれを諦めたのだ。」

どくん、とネジの中でどす黒いものが湧き上がる。目の前のこの男はヒザシの命ばかりか、その婚約者まで

奪ったというのか?滾るように怒りがネジの中で渦を巻く。

だが責めるのは全てを聞き終えてからと、ネジは歯を食い縛り堪えた。ヒアシが更に言を紡ぐ。

「元々チャクラの弱い女でな・・・宗主の正妻には無理であったから・・・妾にするしかなかった。人知れず

 この森に囲って・・・そしてヒナタが生まれたのだ。正妻には子が授からなかったせいもあり、ヒナタを嫡子として

 宗家に迎え入れたが・・・後年ハナビが生まれて、ヒナタとの出来の違いが目立つようになった。

 それをこれがな、大層悲しむので私も辛かった。だが受け継いだ遺伝子を変えることなど不可能・・。

 ヒナタは・・嫡子には元々なれる器ではなかったのだ・・。白眼を長時間扱えるほどのチャクラ量が

 ないゆえな・・。」

「・・・・・・。」

「そして・・・これも不治の病にかかって、もう命もあとわずかだ。この事はわずかな者だけ知りうる秘密として

これの死と共に葬り去るつもりであった。だがこれが・・どうしてもお前に逢いたいというのでな・・。お前を

ここに連れて来たというわけだ。少し、これと話しをしてやってくれぬか?・・・頼む。」

ヒアシの話しだけでは、よく分からない真実も、この目の前の女からなら聞きだせるかもしれない。

ネジは静かに頷くと、ヒアシに抱きかかえられ、目を醒ました女へと視線をむけた。



二人だけに、そう頼む女に頷き、ヒアシは部屋を去る。座椅子に座りネジを見詰める女は聡明な美しさで

ヒナタより少し儚げであった。死の床にあるというのに、まるで少女のような・・・これがヒアシを狂わせたのかと

ネジは口の端を歪めて嘲るように笑みを浮かべる。。それを敏感に見て取った女が、困ったようにネジへと話し

かけてくる。

その柔らかい声音さえも、あの内気な従妹を彷彿とさせて、ネジを落ち着かなくさせるのだが。

「ごめんなさい・・・」

「・・・・・・・・・」

「沢山の人を傷つけずにはいられなかったこの身を・・・誰よりも憎まずにはいられません・・・」

「何故、俺に逢いたいなどと思ったんですか?」

「それは・・・あなたに・・・私の娘を救ってほしかったから・・・・」

「?!!!」

「私には何一つしてあげられなかった、あの子を・・・ネジ様にお願いしたいのです・・・ヒナタは・・・

宗家を継げない・・・私の血のせいで・・・きっと苦しむ・・・だから、あなたに・・・あの子を支えて欲しいのです。」

ヒザシ様によく似た、あなたに。そう、その女は縋るようにネジを見詰める。その瞳に浮かぶ色合いにネジは

目を瞠った。その女はネジの中にヒザシを見て、恋焦がれるような眼差しを向けているのだ。

(この人はいまだに父を愛しているのか?)

もう十何年も経つというのに、いまだ心だけはネジの父にあるのだと・・そういうのか?

瞬間ネジの胸を締め付けたのは、ナルトに焦がれるヒナタの姿。この女によく似たヒナタも、又同じ

頑固なまでの一途さで一人の男だけを思い続けるのだろうか?

「お願い・・・しますね?・・・ね?・・・ネジ様・・・」

女に握られた手が震えた。ヒナタを託す女の遺言。だがネジには・・・。





「可愛い女であったろう?」

帰り道、ヒアシが微かに笑いながらネジへと語りかけた。あの後、女は眠るように息を引き取った。

覚悟していたのかヒアシは涙一つ浮かべる事なく、弔いは簡素にすまされた。

「・・・あれは・・とうとう私のものにはならなかったな・・・ヒザシだけを思い続けておった・・・。」

「苦しい・・ですか?」

「いや、後悔はしておらぬ。私はあれと出会えた、それだけで幸せだったからな・・・」

「奥様や俺の父を傷付けても、ですか?」

「・・・妻は他に好きな男がいたのだ、その男が死んで初めて私と関係を持ち、ハナビを産んだ。

 私達の間にはお互いを尊敬する友愛しかなかった・・・妻もヒナタの母の事は納得してくれていたしな。」

「なるほど、納得づくのことだから、罪はないと?ですが、俺の父は?そして俺の父を慕っていたあの人の

 心はどうなるのです?いいように弄ばれたその人生は?傲慢すぎると思われないのですか?!」

ネジの中で燻っていた怒りが爆発した。あの哀れな女の最後の表情が頭から離れない、父を慕うあの顔が。

だが、ヒアシはふっ、と小さく溜息をつくと微かに笑んだ。

森のなかほど。まだ結界をめぐらされた秘密の空間に、彼は適当な切り株に腰を下ろし、憤然と彼を睨む

歳若き甥を見詰めた。甥は拳を握り締め、ヒアシを強く睨みつける。震えるその唇が吐くように言った。

「その上、・・・実の母親の死に目に、ヒナタ様を会わせようとしなかった・・・酷すぎると思わないのですか?!」

普段物静かで礼節をわきまえるネジが、宗主であるヒアシにここまで声を荒げることなどなかった。

それほど、今、彼の怒りは相当なものなのであろう。唇の色がなくなるほど噛み締めて、ヒアシを睨むネジは

若い鷹のようである。鋭い爪で今にもヒアシを引き裂かんばかりの怒りがひしひしと伝わってくる。

だがヒアシは少しも身じろぐ事はなかった。彼の中には苦しみゆえに辿り着いた悟りにも似たものがある。

人を傷つけてまで得ずにはいられなかった、そして罪深いがゆえに知りえたもの・・・。

「ネジ、お前に耐えられるか?」

「?」

「あれに託されたのであろう?・・・ヒナタを愛し守ってくれと・・・」

「っ?!」

「だがヒナタの心には他の男が根付いておる。それをお前は・・・私のように奪い続ける事ができるか?

 それだけの覚悟と勇気が・・・お前にはあるか?」

「ヒアシ様!!」

「ヒナタはあれに似て儚げで愛らしい女だ。あれに魅かれる男は必ず力づくでも手に入れようとするだろう。

 だが、中身もあれらは良く似て・・・頑固で一途。・・・心までは奪えまい・・・」

ヒアシが空を見上げる。呆然としていたネジも思わずつられるように空を見上げてしまった。

鬱蒼とした森の上空にぽっかりとあいた空間に、一羽の鳥が風に舞うように飛んでいる。

「お前は・・・私によく似ている。」

ずきん、とネジの胸が痛んだ。

「かつて私は宗家の地位でヒザシからヒナタの母を奪った。そしてネジ、お前も・・・その天才ゆえに

誰よりも日向においてヒナタに近い存在として認められている。」

「な、何を・・・」

「その立場を私同様、利用して・・・ヒナタをうずまきナルトから引き離し、自分のものにする勇気があるか?」

「!!!!」

「あるのなら・・・ヒナタをお前にやろう。あれの・・・最後の頼みでもあるしな。」

ザワザワザワザワ―――――。

(う・・・るさい・・・・だまれ・・・だまれ・・・・!!・・・・だまれ!!!)

不意に風がまきおこり、森の中を葉音がネジを追い詰めるようにざわめく。

汗ばむ手の平、冷や汗がこめかみを伝う嫌な感触。ネジはカタカタと震える体を抑えようと拳を握り締めた。

「お、俺は・・・・」

搾り出すように出した声は途中で途切れる。言いたい事は決まっている、ヒアシの二の舞など御免だ、

そう言うだけで済むというのに。なのに、喉につかえて言葉が出ない。

いや、出したくないのか?

(俺は・・・俺は・・・)

ここまで残酷な男だったのか?

ザワザワとネジの心に渦巻く葛藤のように世界が耳障りな音を立てた。

(早く言うんだ、早く・・・・!)

だが・・・とうとうネジは・・・ヒアシの申し出を断ることが出来ず・・・降参するように目を閉じてしまった。




「・・・皮肉なものだな、ネジ。」

かたまるネジへ、ヒアシが歩み寄り、肩をそっと叩く。それに体がぴくりと跳ねたが、ネジは俯くしか出来なかった。

それに微苦笑してヒアシがゆっくりと歩き出す。ヒアシはネジへ先に里に帰るように告げると、またあの家へと

去っていく。しばらくはあの女をしのび、そこに滞在するつもりなのだろう・・・。

(幸せだった――。)

利己的なあの男の言葉が、何度も何度も繰り返しネジの中で甦る。

亡きあの女は己にヒザシをみていたが・・・実際のところ、ネジはヒザシではなくヒアシの方によく似ているのだ。

それが、ネジを激しく苛つかせる。

だが、ヒアシの言葉を拒否できなかった時点で、ネジは己に負けてしまっていた。



「ヒナタ様・・・・許してくれ・・・・」

思わず呟いた従妹への謝罪の言葉・・・再び見上げた空にはもう鳥の姿はなかった。


(・・・自由など・・・もういらない・・・・いらないから・・・あなたと添い遂げたい・・・)




―― たとえ生涯愛されることは、ないのだとしても・・・
    
    癒されることのない心の痛みを抱えることになるのだとしても ――




だが、ネジは知らない。あの死んだ女の本心も、そこに隠された真実も。

ヒナタとの未来に繋がる鍵は、まだ封印された小箱の中にあった。




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☆18万打、ありがとうございました!
少しシリアス小説にて御礼捧げます〜
かなり省略したので意味不明?な部分もありますが
後日、この続編、もうひとつの秘密など、書く予定です〜

(2006/9/17UP)




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