第十八話「誓い」
出血騒動から翌々日。とうとうその日はやってきた。
「ヒナタさん、きれい〜!!」
控え室でテンテン、紅、他の同僚に囲まれてヒナタは真っ赤になって俯いた。
純白のウェディングドレスに包まれた彼女は、初々しく輝いている。
「元がいいから、ちょっと手を加えるだけで絶世の美女になっちゃうわ〜」
と、テンテンが言えば紅も頷いた。そんなっ、と益々赤くなって恥らうヒナタは誰の目にも愛らしい。
そこにドアが開いて、静かな空気を漂わせた壮年の男性があらわれた。
「あっ…お、お父様…っ」
ヒナタの慌てた声に、その場にいた面々は一斉にその壮年の男性に注目する。
そんな彼らの好奇の視線に動じることもなく、他を圧倒する威厳を持った男性は静かにヒナタを見詰めた。
一瞬、彼の眼が瞬き、次いで目が細められる。
「じゃあ、私たちはこれで。後でね、ヒナタさん。」
気を利かせた紅に促されて皆、ヒアシに会釈すると退室していった。それを静かに見送っていたヒアシは
全員が立ち去ったのを見計らうと、再びヒナタへと視線を戻した。
「…思ったとおり、よく似合っておる。きれいだぞ、ヒナタ。」
「お、お父様…」
「ふふ、ネジにやるのが惜しいくらいだ。」
だが、これも運命なのだろうな、とヒアシは静かに微笑む。満足そうに頷く父にヒナタは涙が溢れた。
「お、お父様…わ、わたし…わた…し…」
胸がいっぱいで言葉が続かない。父に育ててもらった感謝の気持ちを伝えたいのに。
嬉しすぎて言葉にならない。
「ごめっ…ごめんなさっ…ごあ…いさつっ…した…いっ…のにっ…わたしっ…わたしっ…っ」
涙が止まらず、泣き出したヒナタにヒアシが歩み寄り、優しく手を取った。
「これ、泣いてはならぬ。せっかくの化粧が崩れるであろう?それにな、私への挨拶などいらぬ。」
「?!」
「嫁いでもな、ヒナタ。お前はこの日向ヒアシの娘に変わりない。だから、泣くでない。」
「おっ…おとぅ…さ…まっ…」
「じき、母上もハナビも来る。お前を泣かしたとあっては、私が責められよう。だから父の為にも
泣くでない、よいな?」
「は…はいっ…」
ヒナタの手を包む父の手が暖かい。
優しいぬくもりが伝わって…それを壊さぬよう暫しの無言を共有する。
言葉はかわさずとも父娘の胸は満たされたのだった。
荘厳なチャペルにパイプオルガンの音色が響く。
(ヒナタ、な、なんて美しい!!)
ヒアシに手をひかれ、真紅のバージンロードをしずしずと歩んでくる、純白の花嫁。
その清楚な美しさにネジは目を瞠った。
アンティークレースの見事なドレスは気品に溢れ、ヒナタの生まれ持った高貴な雰囲気をさらに引き立てる。
ネジは胸を高鳴らせて、そんな中世の花嫁のように美しいヒナタを見詰め続けた。
一歩一歩近づいてくる、その瞬間を記憶に焼け付けるように。この特別な時を忘れぬように。
ただ一心に、神聖で美しいこの儀式のために。彼は全てを逃さぬよう彼女を見詰め続けた。
やがてヒアシの手から離れて、ヒナタが恥じらいながらネジの元へと歩み寄る。
伏し目がちに、頬を染めて。愛らしくも初々しい花嫁に、ネジは厳粛な気持ちになった。
(この人が俺の妻になる…生涯の伴侶として…今日から俺だけの…永遠の女性になる…。)
残酷な言葉を投げかけて傷つけた事もある。あらゆるネジの葛藤は彼女からもたらされてきた。
何度も戸惑い、迷い、その手をつかむ事にためらった。
でも…これからは――。
ヒナタの手を取り、ネジは彼女を導くように祭壇へと進んだ。
そうして二人は厳かに祭壇の前で頭を垂れる。
祝福の言葉が神父から与えられ、神父の誓いを問う言葉に、短くも心を込めて答えた。
やがて誓約の儀がすむと指輪を交換する。
「誓いのキスを。」
普段のネジなら、人前でキスなんてしないし、儀礼的なものだからと言い聞かされても
かなり抵抗しただろう。
それに…多分しても、短くおざなりに済ますところだったが。
でも…気分はかなり高揚し、ヒナタへの真摯な思いも最高潮に達している。
(こんな綺麗な花嫁に、失礼なキスは出来ないよな?)
もうネジの目にはヒナタしか入らなくなっていた。
ざわっとどよめきが湧く。神父も少し慌て始める。
「はっ…花婿?!」
花婿のキスは最初こそ微笑ましい、啄ばむようなものだったが、次第にエスカレートして
時間も長く、その上濃厚でエロチックなものに変化してしまっていた。。
いわゆるディープキスで、参列者には、小さい子供に目隠しをして真っ赤になる母親とか
鼻息の荒くなるご老体とか、眉間に皺をよせて拳を握り締める花嫁側の家族とか。
目に余るサービス?にとうとうチヨが乗り出さざるを得ない状況とあいなり。
「ぐっ!」
皆の目につかぬように婆やは腹ばいにネジの足元に近づくと、すねを思い切り蹴ったのだった。
ネジの暴走はあったが、その後は流れるように滞りなく結婚式は進行していく。
ヒアシ念願の、鳩がバサバサと空に放たれる演出は、華やかで皆の喝采を浴びた。
中に一人だけ、フンをかけられたと嘆く大男がいたが無視された。
「風船もいいけど、やっぱり鳩がいいわよねえ、リーもそう思うでしょう?」
「はい、自来也先生が何だか泣いてますが、僕も鳩の方が勢いがあって好きです。」
じゃあ、私たちの時もそれでいきましょう!とテンテンがさりげなくリーの腕に腕を絡めて囁いた。
それにリー青年は、どぎまぎとしながらも、頷く。二人はいつの間にか恋人になっていたのだった。
「わしのいっちょうらが…っ…くぅーっ!ネジのやつ!」
「自来也、鳩のふんは花婿の仕業ではない。自然のなりゆきだ。」
「う…シ…シノ。」
セクハラ大王の自来也先生の新しい担当は、その感情の抑揚のなさと他を圧倒する威圧感を持つ
油女シノ青年である。彼は実はチヨの孫で、ヒナタの身を案じたチヨが放った刺客?なのであった。
「婆様からヒナタ嬢をお守りするように言われている。だから、不本意だが俺は彼女の身代わりに
担当になった。これからは真面目に精進することだ。でないと俺が困る。」
「な、なにを?お前、生意気じゃのう!」
「…淫らなDVD。逆らう毎にひとつ処分する。隠し場所は全て網羅した。俺の手の内だ。」
「くっ、くそう!!誰がこんな奴、寄越したんじゃっ!!(なんか不気味だし苦手じゃっ)」
二人の様子を見ていた紅編集長は、問題児であった自来也を大人しく出来た唯一の人物である
シノに多大な期待を抱いて、満足そうに微笑んでいた。
披露宴も華々しく楽しく過ぎ去る。たくさんの祝意にネジとヒナタは最高に幸せだった。
だが…披露宴の招待客の中で一人の若い男が花嫁を凝視していたことなど、
|