第十二話「ヒアシの思い」

   
「ヒザシと私は、よく似ているが二卵性の双子だった。だから、普通の兄弟と同じようなもので違いもちゃんと
 あった。その違いとは肌の強さの違いであった。」

「肌の?」

「ヒザシにはあらわれなかったアレルギー、だが私にだけ、ヒナタと同じあの肌のアレルギーがあらわれてな。
 幼い頃から思春期にかけて、それがいつも苦痛だった、対して見栄えのいいヒザシがいつも羨ましかった。
 日向流体術も、活発なヒザシにいつも出遅れて…正直嫡子などヒザシにくれてやりたい程だった。」
  
「・・・・・・・・・」  

「肌の汚さを、いつも父に蔑まれていたし、先に生まれたというだけで大事に扱われてはいたが
 それは表面上の事であって、父も母も優秀なヒザシを可愛がっていた。…だから私はヒザシに対して
 優しく出来なくなっていた。悔しかったのだ、あれより劣るこの外見の悪ささえなければと。
 いつも、女々しい事だが…それが劣等感の根源として私を苦しめていたのだ…。」

(ヒアシ様も、ヒナタ様のように、肌の事で苦しんでいたのか…そしてそれが劣等感となって…父と
 溝を作る原因になっていたとは…)

「成年を迎える頃には綺麗に治ったが…ヒザシとの溝は埋めることが出来なかった。あれも勝気なやつ
 だったから、自分より劣ると思っていた私に宗家を継がれるのが我慢出来なかったのだろう。
 だが、どんなにあれが優れていて父母に愛されていようと旧家の掟は重く…結局長子である私が
 日向宗家を継ぐしかなかったのだ。…私は…幼い頃から何一つ自分の価値とか能力で人に認められた
 事などなかった。ただ、その生まれだけで人の上に立ち、そして人を従えるには時には傲慢さをもって
 強く制するしかないのだと、自分の能力の足りなさからそう自分に言い聞かせてここまできたのだ。
 だから、ヒザシに対しても…例えあれに恨まれようとも、私は自分の義務を果たす為に、歯向かうあれに
 強く当たるしかなかったのだ。全ては宗主としての使命ゆえにな。」

「父が…憎いわけではなかったと?」

「そうだ。羨んだことはある、だが私は自分の器をよく知っていた。掟さえなければヒザシこそが
 宗家を継ぐべきだと、いつも思っていたのだ。…だがその気持ちをヒザシに告げる勇気がなかった。」

「ヒアシ様…」

「ヒザシは気性の激しい男だったから、強く当たる私の事が許せなかったのだろう。私も、宗主としての威厳を
 保つためにも、一族の前であからさまに敵対してくるあれに、こちらから歩み寄る訳にもいかなかった。」

「・・・・・・・・・」

「だが、あれが死んだ時、私は酷い後悔に襲われた。たった一人の弟であったのに、どうしてつまらぬ
 意地をはってしまったのかと…。ヒザシも…きっと辛かったであろうにと…。」

「父を…蔑んでいた訳ではなかったんですね?」

「ああ、蔑むどころか、私はあれを大した男だと思っている。ただ、あれの築き上げた会社を狙ってお前を
 ヒナタの花婿に選んだとは思われたくなかったのだ。それだけは私の誇りが許さないから。」

「誇り…ですか?」

「そうだ。私はこれでもヒナタの父親だ、金目当てとか打算的なもので娘の相手を決めたとは思われたくない。
 ヒナタの事は、可愛い。幸せになってもらいたい、だから、お前に預けたのだ。」

「?!!!」

「ヒナタはお前を好いていたからな。」

「し、しかし、あなたは最初ヒナタ様へ意に添わぬ相手と婚約させようとしていたではありませんか?!」

「あれは親戚連中から提案されただけだ、私は認めてなかった。だが、ハナビがヒナタを発奮させようと
 なにやら大げさに吹き込んだらしくてな。ヒナタが誤解して…自立すると言い出したのだ。」

「で、では…就職試験の裏工作とかは…?」

「知らぬ。私は一切関与しておらぬ。…だがヒナタを自分の推薦する者と結ばせたい親戚達が何か仕組んだ
 可能性は否めないがな。まあ、どちらにしろ、ネジ。お前がヒナタを連れだしてくれて私は嬉しかったのだ。」

「そ…そんな…で、ではヒアシ様が…俺の事を…選んだのは…」

「ヒナタが慕っていたからに過ぎぬ。打算的なものは一切ない。」

はあ、と一気にネジの肩の力が抜けた。へたりと腰が抜けるような脱力感にしばし呆然としてしまう。

(そんな…俺はヒアシ様を誤解していたというのか?もっと狡猾で冷酷な方だとずっと思ってきたのに…)

娘の気持ちを読み取って、その花婿を決めたなんて。まだ信じられなかった。封建的な宗家がそんな…。
だが、ヒアシはそんなネジに苦笑しながらも、言葉を紡ぐ。

「私は最初、自分のトラウマを思い出させるヒナタを見るのが辛くて、冷たく当たっていた。
 だがヒナタの肌が荒れていた時期、誰もあれを気にかけるものはいなかったというのに、
 お前だけはヒナタに近付き何かと世話を焼いてくれていた。…まあ、素直ではないが…娘の内面を
 認めるお前に、私の傷付いた心も同時に癒されていたのだよ。」

「え?」

「私には得られなかった愛情…それをヒナタに不器用ながら与え続けるお前しか、
 ヒナタに相応しい男はいないと思っていた。」

「っ!!!!」

(ではヒアシ様は・・・俺のヒナタ様に対する愛情の強さだけで、打算的なものは一切なく…
 ヒナタさまの相手として俺を選んだというのか?ヒナタ様の俺への思いと、俺のヒナタ様への思いと…)

「こ、心だけで…俺たちをヒアシ様は…認めようとして下さったんですか?仮にも旧家である
 日向宗家のあなたが…そんな…信じられない…」

唸るようにそうネジは言いながら、ただただヒアシを見詰め続ける。

「今更婚姻で派閥を大きくする時勢でもあるまい。時代は変わっているのだぞ?ネジ。」

「ヒアシ様、あ、あなたがそんな事を言うなんて…」

だが、ネジの驚愕はこれで留まる事はなかった、次にヒアシがもたらした言葉で更に驚く事となる。

「ヒザシの遺した会社だが、いずれ何としても取り戻すつもりだ。時間はかかるかもしれないが、私の弟の
 生きた証し。兄としてその息子に取り戻してやろうと思っている。」

「な、なんですって?」

「だが、先程のお前の激昂ぶりから、妙な誤解をされてはかなわん。恩を着せて結局グループに取り込む
 とか思われるのは本意ではない。だから…お前に渡すのはやめよう。その代わり、お前とヒナタの子供に
 受け継がせようと思うのだが、依存はあるまいな?」

「お、俺達の子供にですか?」

「そう、ヒザシと私の孫に、あれの築いた会社をいつか贈りたいのだ。」

そして、その時になって漸く自分たちの確執も昇華できるのだと、ヒアシは静かに微笑んだ。


(俺と、ヒナタ様の子供に…)

そうしてネジは悟る。ヒアシはもちろんネジとヒナタの心を認めたから二人を結ばせようとしたのだろう。
だが、無意識に、その婚姻はヒアシとヒザシの兄弟としての関係の修復でもあったのだ。


(ああ・・・そうだったのか・・・)


すとんと胸のつかえが落ちたように納得がいった。そうしてヒアシの胸のうちを知った今、彼に抱いていた
固定観念や拭いきれなかった警戒心はきれいに消え去っていた。



「ヒナタをよろしく頼む。そして、なるべくなら早く式を挙げてくれ。」




ぽんと肩を叩かれて、ヒアシとの謁見は終わりをつげたのであった。




                               
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