第七話「大切なもの」☆
* この章は性的表現があります。苦手な方は注意して下さい。
「ネ、ネジ兄さん、電話…」
「ああ」
急いで電話の受話器をとるネジ。それを見詰め、それからヒナタは俯いた。
(…早く新しい部屋、探さなくちゃ…)
ネジに恋人がいるのなら…尚更、彼の気まぐれに甘えているわけにもいかない。
いくら世間知らずでも健康な男がこの年まで一人でいるなんてヒナタだって思っていない。
それに、ネジは外見も優れていて…大金持ちなのだから…相手には困ってないのだろうし。
もやもやとした嫉妬心と、暫くは折り合いをつけながらも戦っていかなくてはならなそうだ。
それでもネジから離れて暮らすうちには、この切ない思いも薄らいでくれるだろう。
そう自分に言い聞かせて、一つ大きな息をつく。今は辛くてもいつか必ずと。
「ヒナタ様…」
ふと、掠れた声で呼ばれて、ヒナタは驚いてネジを見た。
「ネジ…兄さん?」
どうしたんだろうと、受話器を持ったまま、呆然と立ち尽くすネジへと歩み寄る。
ネジは固まった表情のまま、一点を見詰め、心がここにはないように見えた。
「ど、どうしたんですか?」
「……した…んだ…」
「え?」
「何故こんな事に?!」
突然大声で怒鳴ったかと思うとネジは居間へと急いで走り出して、テレビをつける。
何事かとヒナタも後に続いて、そうしてテレビの報道に驚愕した。
それはネジの会社の筆頭株主として、大手の会社が名乗りを上げたという報道だった。
何年前から水面下で動いていたのだろう?
父の代から忠実に仕えてきた腹心の男が、父の知らぬ間に、会社の金で株取引に手を出して
損失を出してしまった。そしてそれを父から隠すために、あらゆる事に手を出して…
更に上乗せするような株による大損害を出してしまい、困った男はネジが経営を引き継いでからも
それを隠すことに必死で、そこに大手の会社から声がかかったらしい。
助ける代わりに株の買占めの手助けをしろと。…結局亡き父とネジをその男は裏切ってしまった。
裏切って、新しい株主の雇われ社長として、のうのうとしている。
さっきの電話は、それを知らせる部下からの電話だったのだ。
何事にも怜悧なネジであったが唯一欠点があった。
それは亡き父が絡むと、父を敬愛する余りに父の関わったものへの警戒心や疑念を
抱くという事が出来なかった事。それが…今回大きな仇となってしまった。
後悔しても、もう遅い…自分の甘さが全てを失わさせたのだ。
「…駄目だ、俺の知らない、父がアイツに託していた株まで…買収されていた。
父の遺した会社は…全部…人手に渡ってしまう。」
ネジが唯一自分で近年買収した出版社だけは、父の旧陣営の手が入らなかったため、危機は免れたが…。
だが…あんなに…自分を縛り続けた亡き父の遺産が…こうもあっけなく無くなるなんて…。
「ネ、ネジ兄さん…だ、大丈夫?」
消沈しきるネジへ、ヒナタが心配そうに声を掛けてくる。優しく肩に添えられたその手のぬくもりに
ああ、、もうこれを拒む必要も、自分の激情を殺すこともないのだな、とネジは思った。
「…父の遺言を…守るためにと…馬鹿だったよ…」
「兄さん?」
「たった一人愛してきた女を…俺はみすみす諦めるところだったんだ…」
「?」
「それが…なあ?ヒナタ様、もうヒアシ様は俺なんて、あなたの婿に考えもしないだろうな。」
「きゃっ…」
「だが俺は…っ」
思わずソファへと押さえ込んで、ネジはヒナタへと、くちづけていた。
執拗に、貪るようにヒナタの唇を奪い続けた。
男からのキスなんて初めてなのか、ヒナタは苦しそうに息を止めて震えている。
そんな初心なヒナタがたまらなくて、抑えに抑えてきた欲望のままにネジはヒナタの体を弄りだした。
布越しに体中を執拗に撫でさすって、ヒナタの首筋へと舌を這わせ、甘い香りに酔いしれながら
ぴちゃぴちゃと音をたてて、舐め続けた。
「やっ…やめてぇっ…」
ソファの上で、もつれるように組み敷いて、ヒナタの胸元を力づくで肌蹴させる。現れた白い乳房に
欲望を抑える事なく、顔を埋めて舌を這わせ続けた。
風呂場で見たときから夜毎夢で思い描いては犯し続けたヒナタの体を、現実で犯そうとしている。
あんなに汚すまいと、守ろうとしていたヒナタを…。
だが今のネジには、もう理性も自制心もなかった。頑なにこだわってきたものを失った衝撃と
そして、それによって諦めていたヒナタへの思いで、ネジは何も考えられなくなっていた。
だから、もう自分の欲するままに、ヒナタを力づくで犯し続ける。
「ああっ…」
痛みに喘ぐヒナタを揺らしながら、彼女の頬を伝う涙を舐めて…その滑らかな肌に
幼い頃のヒナタを思い出していた。
「きれいになんて…なる必要ないよ、あなたは。」
あの日、思わずそう言ったのは、本音だ。
ヒナタは肌が弱くていつも気にしていたが、ネジにしてみれば気にする程のものではなかった。
愛らしいヒナタの仕草、優しい心、そしてつぶらな瞳に、初めて出会った頃から彼女が大好きだったから。
ヒナタの美しさに皆が気付いて群れるくらいなら、醜いと苛められてくれていた方が、まだ安心する。
ヒナタが傷付いているのだとしても、自分勝手な思惑で、ヒナタがこのままで誰のものにもならなければ
いいとネジは願ってしまった。
母同士が親しかったから交流は親戚として保ってはいたが、父達は仲が悪かった。
だからどんなにヒナタが好きでも、結婚なんて父が許さないだろうから、だから諦めていた。
諦めて、悔しかったから、ならばいっそヒナタが誰のものにもならなければいいと思うようになって。
みにくいアヒルのままで、いて欲しかったのだ。ヒナタの美しさはネジだけが知っていればいいのだと。
「あっ…ああ…」
苦しそうに喘ぐヒナタをネジは吐息混じりに揺らしながら、擦る様に愛撫し続ける。白い肌を
下から上へとじっとりと執拗に撫で上げて、そりたつ乳房を口に含んで、思うままに愛した。
(ずっと…これが欲しかったんだ…)
「ヒナタ様の肌のぬくもりが…俺は欲しかったんだ…」
「んっ…いっ…痛い…もう…許して…っ」
泣きじゃくるヒナタを抱き締めて、何度目かの精を放った。ひっ、と小さく悲鳴を上げて
衝撃に震えるヒナタを強く掻き抱いて、乱れた息を整える。
そのままヒナタを逃がさぬようきつく抱き締めたまま、暫く余韻に浸っていたが。
(俺は…なにをしている?)
段々覚醒する意識と、取り戻し始めた理性に、ネジは青ざめ、そして愛するヒナタを
強引に犯してしまった罪に、体中の血の気が引いていくような後悔に襲われ始めていた。
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