思い出アルバム
「父上、何を見てるんですか?」
古いアルバムを手に縁側でくつろぐネジの元に今年6歳になる息子が近づいて来る。 「あっ、これって・・・母上の子供の頃の写真ですね?」 キラキラとした瞳で頬を上気させる息子にネジは、ああと頷いた。 「久々に見たくなってな。懐かしいというか・・・」 アルバムに目を落とせば愛らしい少女がニッコリと、はにかみながら微笑んでいる。 カラーでないのが残念だが、恥ずかしがり屋な彼女の貴重な笑顔の写真に暫し見惚れる。 (アカデミーに入る前はまだこんな風にカメラの前でも微笑んでたのにな・・・・) 感慨深げにネジはヒナタの幼い頃を想い出していた。愛らしくて儚げで・・・。守ってやりたくて仕方なかった・・。 思わずうっとりと目を細め、思い出にどっぷりと浸かりそうになっていたネジを、はしゃぐ子供の声が現実に 引き戻した。 「父上ー!!早くページめくりましょっ!!」 回想を邪魔されて内心面白くないネジだったが、渋々とページをめくった。 其処にはアカデミー時代のヒナタの写真が貼られていた。 息子はネジの手元のヒナタのアルバムを覗き込み感嘆の声を上げた。 「わあっ!!母上、すっごく可愛い!ね?ね?父上もそう思うでしょう?」 「ああ、そうだな。」 人の影に隠れるように写っている存在感のないヒナタを目敏く見つけ、地味な彼女を可愛いと認める彼に、 ネジは間違いなく彼に自分の血が流れている事を実感する。 しかし、ざっと見回してみても、ヒナタは人の後ろに隠れてばかりで一人で写っているものは皆無。 まるで其処に存在していないかのような、そんな頼りないヒナタにネジは苦笑した。 「寂しそうだな・・・。」 思わずぽつりと呟いていた。 そんな父親に息子は眉を顰めた後、その場を離れ奥の部屋に消えてしまった。 暫くしてネジの元に戻った彼の手には古びたもう一冊のアルバムがあった。 「なんだ?」 「ふふっ。父上の昔のアルバムです!一緒に並べて見れば母上も寂しくないでしょう?」 「考えたな・・・。」 フッと笑うネジに息子は無邪気に微笑み大きなネジのアルバムを廊下に置いてページをめくりだした。 そしてある所でめくる手を止め、ヒナタのアルバムの横に並ぶようにくっつけた。 「父上のアカデミー時代の写真ですね!」 嬉しそうに彼に見上げられ、ネジは微笑しながらそれに目を落とした。 其処には控えめなヒナタと対照的にドンと中央で偉そうに腕組みをする少年ネジの姿があった。 偉そうでしかも全てにおいて目つきが悪い。仏頂面か嘲笑するようなそんなものばかり。 思わず隠したくなるような恥ずかしさが込み上げてきたネジ。だが。 「父上!!かっこいいです!見出しに書いてある通り、さすがNO1ルーキーの貫禄です!!」 「そ、そうか?」 (自分で見出し書いたのか?普通自分でそんな事書くか?俺も子供だったということか?) 内心恥ずかしさで冷や汗モノだった。 しかし彼の息子はそんな父親の葛藤には気付かず頬を上気させ興奮している。 「父上は昔からハンサムで優秀で強かったのですね!私は誇らしいです!」 「あ、ああ・・・」 「母上がこんなに大人しくアカデミー時代を送ってる時、既に父上はNO1ルーキーとして 頭角を現していたのですね!流石父上です!」 「・・・・・・・・・」 気恥ずかしさに引き攣るネジ。と、息子が目を丸くして叫んだ。 「リーおじさんは昔から眉毛が濃かったのですね!!ちっとも変わってません!!」」 驚愕する息子にネジは顔を引きつらせるように笑った。いつの間にか下忍時代のページを開いていた。 「リーは努力家で、心根のまっすぐな奴だったよ。・・・濃かったけどな。」 そしてネジに2年ほど遅れて同じスリーマンセルだったテンテンと結婚し、今では剛拳の新流派の道場を 開いている。もちろん忍びとしても活躍しているリーは数少ないネジの親友だ。 息子も、そんなリーによく懐いていたので、リーの少年時代についてネジに質問しながら楽しんでいた。 が、ふと、興味深げに違う写真を指差した。 「?この金髪のやんちゃそうな少年はどなたですか?」 「ん?ああ、こいつはナルトだ。現在の火影さまだよ」 「えーーーーー!!こ、こんな頭の悪そうなガキがですかぁ?」 やはり自分の子だとネジは微苦笑した。納得行かないといった彼にネジは優しく言った。 「人は変われるものなんだよ。」 うーんと彼は唸りながらも頷いた。そして、ふと何かに気付いてネジに問いかけてきた。 「あの、なんだか信じたくはないのですが、母上はこのナルトさんが好きだったのですか?」 彼が指差した写真には笑顔のナルトを遠くから見つめるヒナタの姿。遠目にもうっとりしているのが分かった。 「・・・ああ、母上の初恋の君だよ」 懐かしそうにネジは目を細めた。憧れだけで終わったヒナタの初恋。可愛らしかった。 あの内気なヒナタの思いにあの鈍感なナルトが気付くはずもなく、又彼には他に熱烈に恋する少女が 居たせいもあって、ネジは余裕で彼女の恋を見守ったのだった。応援までしたほどだ。 そんな余裕のある男らしい昔の自分に酔っていたネジへ息子が思いがけぬ事を言った。 「やだなぁ、だから父上は焼餅焼いてこんな凄い目で母上を睨んでいるんですね?」 「何?!」 ( そんな馬鹿な!焼餅などと!俺は余裕のある男だったはずだぞ? ) たじろぐネジに彼は一枚の写真を指差した。それはヒナタにガンを飛ばすネジのアップ写真だった。 そして隅っこで縮こまる哀れなヒナタは涙目で。ネジを恐れて青ざめていた。 殆どがそんな恐ろしい殺気を放つネジと脅えるヒナタの写真ばかり。 ( 一体誰が撮ったんだか・・貼ったのは俺だが、処分すれば良かったな・・・ ) 昔ネジはヒナタを憎んでいた。全ての不幸の根源が彼女だと思っていたのだ。それは間違いだったのだが。 「父上って、嫉妬深いのは昔からだったのですね・・・」 クスリと息子が口元に手を添えて笑った。ネジは違うと言いかけて止めた。 まさかヒナタを憎んでいたとは流石に子供には言えなかった。 「まあ、な」 仕方なくそういう事にしておく。すると息子が又、声を上げた。 「父上!これってキバおじさんですよね?ほっぺが赤く塗ってあるし」 「ああ、キバだよ。犬塚一族の長だ」 犬塚キバはヒナタと同じスリーマンセルで、犬塚一族の長であり特別上忍となっていた。 情は厚いのだが気性が荒く粗野なところがあるので正直ネジとは今でも反りが合わない。 それに、豪快で女に関しても来る者を拒まないキバの性情が清廉潔白なネジには耐えられなかったせいもある。 ( 正直、キバのあの不真面目さには我慢が出来んな。任務上でも関わりたくない相手だ。 ) と、苦々しく思っていると、小首を傾げて息子がネジを見た。 「キバおじさんはどうして母上にべったりしてるのですか?」 バッと瞬間ネジは食い入るようにその写真を睨んだ。 困り顔のヒナタの腰に手をさりげなく回しご満悦のキバ。 それを不愉快そうに二人の斜め後ろで見つめる油女シノ。 「まっ、まさか!こんな頃からヒナタにまで懸想していたとは・・・奴め!!」 ピキキとネジのこめかみに青筋が立つ。 (ナルトは別にいい!ヒナタの片思いで害はなかった!しかしこいつは!!) 「ち、父上?どうなされたのですか?」 ネジの尋常ならざる殺気に彼は脅えた。ぎりぎりと歯軋りする父親に彼は冷たいものが背中を伝った。 ( ち、父上ってほんと母上の事になると、感情的になるよなぁ・・・・ ) 暫く昔の事で激怒する父親を脅えながらも観察していたが、そこは子供。すぐに違うものに気をとられた。 「あっ!!父上、こ、これって母上ですよね?」 「なんだと?」 イライラとしながらも、ネジは彼の指差すものに視線を向けた。 そして、ネジは目を瞠った。其処にはかつてなく幸せそうなヒナタの笑顔。 そんな彼女の隣に立つ少年は余裕の笑みで彼女の手を握っていた。もちろんそれはネジである。 「!!!!」 「母上可愛い!!それにすごく穏やかで幸せそう!きっと父上と一緒だからですね?」 「ああ、もちろんそうだとも!」 さっきの不機嫌は何処へやら。ネジは喜色満面で強く言った。 その写真は親友のテンテンが撮ってくれた物だ。 ナルトへの淡い初恋に破れ傷付いていたヒナタをネジは根気よく慰めそして口説いた。 その甲斐あってやっと相思相愛になり付き合いだした頃の記念すべき一枚であった。 「やっと、父上と母上の時間が重なりましたね・・・・・」 ふと見ればそこから両方のアルバムの写真が同じものになっていた。 思わずネジはカアッと頬を染めてしまう。そして・・・・彼は気付いた。 先刻の写真、ネジの方を見ていた息子は気付かなかったが、ネジの手元にあるヒナタの方には 小さな一言が添えられていたのだ。本当に小さく書かれていたその言葉は・・・・・・ 『最愛のネジ兄さんと・・・・』 「あれ?父上。どうなされたのですか?」 見れば目を閉じ俯くネジ。気のせいか目尻が光ったような・・・。 「父上?」 心配する息子にネジはいつもの落ち着いた声で答える。 「何でもないよ。それより、そろそろ宗家に母上を迎えに行こうか」 つまらないケンカでヒナタが実家に帰って半日が経っていた。 原因はネジの一方的なやきもちだ。 長期任務から帰った夫よりも息子に手を掛ける妻に嫉妬してネジが拗ねたのだ。それも半端でなく。 何を言っても耳を貸さない夫に困り果てたヒナタは、しっかり者の一人息子にネジを頼んで 夫の頭が冷えるまで実家に里帰りも兼ねて帰ったのだった。 母親の心のうちを察して、困ったちゃんな父親のお守りを息子はしていたのだが、どうやらそれからも 解放されそうだ。案外今回は短い時間で済んだなと彼は小さく微笑んだ。 「帰りに母上の大好きなシナモンロールを買いましょうね?」 にっこりと微笑む息子にネジは、ああ、と小さく呟いたのだった。
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