第三話「素顔」
「…あ、あの…」
「…何だ?」 「ネ、ネジ兄さんは…あの方とどういった仲なんですか?」 「ああ、リーとは大学からの仲だ。」
唯一の友達だ、と小さく付け加えるネジにヒナタは目を見張る。そこに皮肉屋の彼はいなくて…穏やかな表情を
浮かべる青年がいたから。それにヒナタの胸がきゅんとなる。
(ネジ兄さんて…こんな優しい顔が出来るんだ…)
同時にヒナタは忙しなく動くリー青年の背中に目を向けていた。
紺の和風料理人といった衣服に身を包んだ彼の動きは素早くて無駄がない。
この青年に対して、あのネジが心をひらいているのか・・・。何だか凄く不思議で意外であった。
何故ならヒナタの知るネジはいつも一匹狼で、いつも一人でいたような気がする。
全てに優秀な彼だったが他人を寄せ付けない冷たさをもっていた。
そんなネジであったが唯一ヒナタに対してだけは何かと絡んできた。
でもそれは心を開いているといった類ではないとヒナタは思っている。
だから、この目の前の青年とネジがどうやって仲良くなったのかとても不思議だった。
そして何故か少し悔しい気がする。
(え?く、悔しい?)
思わず湧き上がった感情に驚いていると元気な声が耳に入った。
「鯖味噌定食、焼き鯖定食お待ちどうさまです!」
元気な声に呆然としていると目の前には膳に載せられた料理が出されていた。ほかほかの湯気といい匂いが
ヒナタの食欲をそそるその料理に、さっき感じた疑問も感情もきれいに消されてしまう。
「わ、わあ…お、おいしそう…」
思わずそう感嘆してしまう程、本当に美味しそうで、思わずネジへ目をやると、彼は頷いてヒナタに食べろと
目で促してきた。それに微笑んでヒナタは両手を合わせる。
「い、いただきます!」
目を輝かせて素直な反応をするヒナタに、ネジが優しい微笑を浮かべた。
(本当に愛らしいな、ヒナタ様は…)
美味しい、美味しい、と可愛い反応をするヒナタに見惚れているとリーに「冷めますよ?」と言われ慌てて箸を取る。
照れ臭さを隠すように飯を頬張るネジにヒナタが小首を傾げて見詰めてきた。
「ところで、ネジ兄さん。さ、さっきの事だけど…」
ぎくりとネジの心臓が跳ね上がる。だが努めて平静を装って「何だ?」と切り返す。
するとヒナタが困ったように微笑して、椀を手に俯きながら口を開いた。
それにドキドキしながら無意識に焼き鯖を口に運ぶネジ。
「リーさんに、私の事を…い、いつも何てお話ししてたのかなって…」 「んぐっ!」 「ネジ?!」 「ネジ兄さん?!」 …ネジ26歳、生まれて初めて魚の骨が喉に引っ掛かった瞬間であった。 「ネジ兄さん、お魚の骨が喉につかえた時にはご飯を丸呑みするんですよ?」 「…ああ、助かったよ。よく覚えておこう。」
帰り道、ヒナタに諭されてネジは眉間に皺を寄せながら頷く。あの後、痛みに焦りパニックになってしまい、
ヒナタの前で醜態をさらしてしまった。昼に少し早くて他に客がいなくて助かったと本当に思う。
なぜならデカイ声で大騒ぎするリーと半泣きヒナタに小さな店の中はパニック状態だったから。
何とかジェスチャーで喉に魚の小骨がつかえていると二人に伝わるまで地獄であった。
(まあ、おかげであの話しは有耶無耶になったがな…)
正直者のリーだから、何を言い出すか分からない。今にして思えばリーに話さなければ良かったと思う。
後悔先に立たずとはまさにこれだな、とネジは溜息をついていた。
と、ヒナタがネジ兄さんと話しかけてくる。みればもう自宅の前であった。 「きょ、今日は色々あったけど、た、楽しかったですねっ」 「・・・・・」 「あっ!あのっ、その、そういう意味じゃなくて…」
目の前でぶすくれるネジにヒナタは焦ってしまった。
(ああ、私ったら余計に怒らせちゃったみたい…)
やぶへびというか、昔からネジを知らぬ間に怒らせるのがヒナタの特技というか…。
またこのパターンかと困惑するヒナタにネジが大きく息を一つ吐いた。
「俺も楽しかった。」
「え?」
驚くヒナタにネジは口元を綻ばせる。それから彼は流れるような仕草で門戸を開く。
長身のすらりとした背中が夕日を受けて紅く染まっていた。
その後姿に思わず見惚れていると、ネジが訝しげに振り向いた。 「何してる?早く入ったらどうだ。」 「あっ、すみませんっ」 慌ててネジのあとについて家に入る。 二人だけの初めての夜が訪れようとしていた…。 |