嫉妬(シキハナ)
僕は綺麗なんかじゃない。僕はあの人の穢れない眼差しが妬ましかった。
・・・彼女の無垢な魂に嫉妬した・・・・。 「いいかシキ。もうハナビ様に近づくなよ?」 日向の分家の男達に囲まれシキは倒れていた。 純粋な白眼を持たない彼を日向の者達は嫌っている。 その上宗家の嫡子にちょっかいをかけているとくれば、唯では済まされなかった。 20人がかりで彼らはシキに制裁を加える。その中の一人が倒れるシキの金色の髪を掴んだ。 「見ろよ。女のような顔して、今まで散々春を男に売って生きてきたんだろう?」 「死んだ母親は病弱でお前がそれで養っていたそうじゃないか?」 「だったらどうだと言うんだ?珍しいことでもないだろう?」 「なんだと?!」 「お前みたいなのが一番多かったよ。気が小さくて女に相手にされない矮小な奴。 お前、茶屋の娘に振られたそうじゃないか。なんなら僕が慰めてやろうか?」 ククッとシキは嘲笑った。シキを掴んでいた男が屈辱に顔を赤らめ震える。 「離せよ・・。」 シキは殺気を放つ。だが挑発された男達が黙って見逃す筈がなかった。 「もう少し自分を大事にしろ。」 ネジは倒れ蹲る分家の男達に背を向ける。それに血まみれで佇むシキは不敵に哂った。 ネジが来なければ陵辱されていたというのに。だが彼はそれを甘んじて受けるつもりだった。 「僕を軽蔑するか?」 「嫌・・。だがお前は俺並みの実力者なのに、何故わざと制裁を受けた?それに・・煽るような真似まで・・」 「さあな・・。自分の汚さに罰を受けたかったのかもな。」 ネジは眉を顰めた。 「ハナビ様の事か?」 その途端シキの不敵な表情が崩れた。少年のような頼りなく危ういそれにネジは目を伏せた。 「僕は・・汚い。僕は復讐のためにあの人に近づいたんだ。母と僕を捨てた父が・・日向が憎かったから・・。」 (だから・・僕は宗家の嫡子を選んだんだ・・・)復讐の生贄として・・・・。 「シキ・・好きだ・・愛している・・。」 自分に溺れる彼女が愉快で仕方がなかった。気は強いが純粋で優しい少女・・。 落とすのは簡単だった。 「僕も愛してます。」 優しく微笑むだけで彼女は僕にうっとりとした。優しくキスするだけで僕にその身を預け甘える。 ・・・威厳に溢れる宗家の嫡子が・・・。奇妙な優越感。 ・・あさましいと自分でも思う。だが、僕は復讐者だ。 彼女に取り入りやがては宗家を手に入れ、・・それから日向を滅ぼしてやる・・!! そう誓ったんだ。母が・・死んだあの日に・・・。だが・・僕は・・・・・・。 「あいつは誰です?」 遠ざかる影を見ながら僕はハナビ様に訊いていた。 「アカデミー時代の友達だ。木の葉丸と言ってな。愉快な奴なんだ。」 友達?アイツのハナビ様を見る目はそんなものじゃない。あれは恋する男の目だ。女を見る目だ! 「どうした?そんな怖い顔をして・・。」 ハナビ様が僕の異変に気づいた。 「ハナビ様、終わりにしませんか?」 「なんだって?!」 「正直、飽きたんですよ。あなたは子供過ぎて。」 「シキ?!」 「堅苦しい女はもう沢山だ。」 「・・!!!!」 「・・さようなら、嫡子様。」 背後で彼女が青ざめているのが分かった。涙を流さなくてもきっと酷く傷ついているに違いない。 だが僕は・・。僕は、いつの間にか本気になっていたんだ。 ・・さっき、彼女が他の男に楽しそうに笑い掛けるのを見て、僕の心臓は潰れそうなほど軋んだ音を立てた。 嫉妬に体が焼け付くような気さえした。すぐにでも彼女を取り押さえて男の目の前で彼女の唇を貪りたかった!! (・・なんて・・ことだ・・。) 仇を愛してしまうなんて・・・・。復讐の贄だというのに。 だがそれ以上に僕は彼女を大切に感じている。 僕は、僕の復讐から彼女を解放した・・。 「ハナビ様に縁談が来たぞ。」 ネジの声に微かにシキは反応した。 あの日から、シキは温厚な仮面を拭い去り、壮絶なまでに冷たい表情を携えていた。 鋭い刃のような厳しさは、厳格な印象のネジをも上回る。 「いいのか?」 「・・・・。」 無言でシキはその場を立ち去った。残されたネジは小さく溜息を吐いた。 ネジはシキの思惑を知っていた。彼がかつての自分のように日向を、ひいては宗家を憎んでいる事も。 ハナビに近づくシキをネジは危惧し、監視していた。正直、引き離してやろうとも考えていた。 だが、ハナビは彼に既に溺れていて、それは躊躇われた。 それに・・シキは自覚していないが彼も又ハナビを愛している。 (相思相愛なら俺の出る幕じゃない。それにシキも自分の気持ちに気付けば、復讐を諦めるかもしれんしな・・。) ネジは二人の恋を見守る事にしたのだが・・。 恋心を自覚したシキはハナビへの罪悪感から彼女と別れてしまった・・。 ネジはシキが弟のように思えた。彼がかつての自分と重なって見えたからかもしれない。 だから、シキとハナビには幸せになって欲しかった。 「ハナビ、本当にいいの?」 ヒナタは人形のように感情のないハナビに心配した。 「いいも何も相手は大名家だ。断れないでしょう。」 「で、でも、いいの?ハナビはシキさんが・・」 「・・元々釣り合わない相手だったんです。」 シキは・・綺麗すぎたから、そうハナビは呟いた。 「私はもう私情を捨てます。もう恋なんてしたくない。」 「ハナビ・・。」 ヒナタは切なさに胸が押し潰されそうになった。 自分は愛するネジの妻になり女として幸せを手にした。 だがそれは宗家の嫡子の重責から逃れ掴んだ幸せだ。 だから余計に自分が受け継ぐ筈であったその重いものを背負うハナビに申し訳なくて胸が痛んだ。 (ハナビ・・だからせめてあなたにも女としての幸せを掴んで欲しいの・・。) ヒナタはネジから愛される喜びを教えて貰った。同時に愛する喜びも・・。 愛があれば宗主の重責さえも喜びに変えられるかもしれない。 (シキさんも、ハナビを愛しているはず・・。なのにどうして?) ハナビを女として見詰めていたシキの熱い眼差しをヒナタは想い出していた。 ハナビの縁談は流れた。一人の男の手に寄って・・。 「お前、どういうつもりだ?」 シキに連れ去られ廃屋に連れ込まれたハナビは彼に問う。 「私に飽きたんじゃなかったのか?」 「黙れ・・。」 ハナビは驚愕した。低く鋭い男の声。優しかったシキのものではない。 追っ手の様子を探っていたシキは、完全に彼らを撒いた事を確認するとハナビに振り返る。 「この縁談は無しだ。相手が悪すぎる。」 「なんだと?」 「あの男は能無しで女好きだ。ハナビ様に相応しくない。」 「だが、政略結婚だ。私は家の為に結婚しなければならない。」 (相手など・・誰だって同じだ・・。) 「僕が嫌だ。」 「なに?」 「僕が耐えられない!!」 そう叫ぶなりシキはハナビの唇を奪っていた。熱く激しいキスにハナビは眩暈がする。 こんな激しいキスは初めてだった。 何度も角度を変えて舌を絡められ、ハナビは朦朧とそれに溺れてゆく。 「ハナビ様・・。ハナビ・・僕の・・ハナビ・・。」 何度も囁きながらシキがハナビに頬擦りする。喘ぐように何度も何度もハナビの名を呼んだ。 「シキ・・?」 頬に冷たいものを感じてハナビは驚く。 シキは泣いていた。泣きながらハナビを抱きしめて震えている。 「・・・どうした?シキ、何故泣く?」 落ち着いた優しいハナビの声にシキは感情を吐き出した。 「僕は・・汚れている。あなたに復讐のために近づいた。・・僕と母を追い込んだ日向が憎かったから・・。」 「・・・・・。」 「・・それに・・僕は・・男娼だった!この身はあさましく穢れきっているんだ!!」 悲痛な声だった。 (もう、これで・・終わりだ・・・。) クックッ、と自嘲的な笑いが彼の口から自然に零れていた。 愛する少女は、こんな男を許さないだろう。それどころか嫌悪の目で見るかもしれない。 (これは罰だ。純粋なハナビ様を復讐の手段に選んだ僕への・・) 震える手に力が抜けて。シキはハナビから体を離した。 だが・・・。 「知っていた・・。」 「え・・?」 呆けるシキにハナビは微笑した。 「私を誰だと思っている?最初からお前の事は知っていた。私に近づいた理由もな・・。」 「ハ、ハナビ様?」 うろたえるシキの手を握り締めながらハナビは続ける。 「知っていて、・・・私はお前に溺れたんだ。知っていて、お前に恋してしまったんだ。」 「!!!」 「利用されてもいいと思ったんだ。お前が受けた苦しみに比べたら、・・・復讐したくなるのも当然だものな・・。」 「ほ・・本気でそんなことを・・?」 「本気だ。私はお前が大好きなんだ。」 「で、でも僕は・・汚い!!男に体を売って来たんだ!!俺はあなたに相応しくない!!」 「お前は綺麗だ!!」
ハナビの真剣な眼差しはまっすぐシキを捉えていた。
その真摯な眼差しに、その真剣な声に。
シキは、息を呑んだ。 『シキ、お前は綺麗過ぎる。』 『私より、お前はどうしてそんなに綺麗なんだ?』 いつも・・。ハナビは自分を・・綺麗だと言ってくれた・・。 知っていてそう言ってくれていた。 シキの中で熱いものが溢れて止まらなくなる。
彼女が・・・ハナビが愛しくて堪らなくなっていた。
「ハナビ・・・。ハナ・・」 「泣いた顔も・・綺麗だぞ?」 「くっ・・ううっ・・。」 「愛してる・・。シキ、私と結婚してくれ。」 男のくせにとは思わない。心からシキの涙が綺麗だとハナビは感じていた。 「俺達の出る幕はなかったな・・。」 「よ、よかった・・。これでハナビも幸せになれるわ・・。」 見合いの席からハナビを攫ったシキへの追っ手を幻術で眠らせて ネジとヒナタは遠くから二人を見守っていたのだった。 後日、娘に甘いヒアシは、強情なハナビに負けて、シキとの婚約を認めた。 「ハナビ様、一生あなただけを愛し続けると誓います。」 「私もだ。仲良くやっていこうじゃないか。なあ、シキ。」 「たくさん子供を作りましょうね?」 「ん?!あ、ああ、そうだな。」 真っ赤に染まるハナビにシキは最高の笑顔をみせたのだった。 |