求愛
「あ、あの、父上は出かけられていて留守ですけど・・・・?」
ヒナタはいつものように朝修行に訪れたらしいネジに声を掛けた。 「戻りは今日の夜になるそうで、あの・・ごめんなさい。急だったのでネジ兄さんに知らせが 回らなかったのですね?」 申し訳なくヒナタはネジに頭を下げた。しかしネジは柔らかく微笑んだ。 「いや、知っていた・・・」 「?」 キョトンとするヒナタにネジはさらりと言った。 「今日はヒナタ様に用があって来たんだ。」 とりあえずヒナタは朝も早いので、使用人の負担にならぬよう、ネジを私室に通した。
ネジを待たせる間に簡単な朝食を手早く作り、お茶と共に差し出すとネジは恐縮しつつも美味しそうに口にした。
二人で食事を終えて、一息ついたところでネジは話を切り出してきた。 「ヒナタ様、アナタに話したい事がある。」 「わ、わたしに?何ですか、ネジ兄さん。」 ヒナタの優しい声と穏やかな笑みにネジは一瞬頬を赤らめた。が、すぐにいつものポーカーフェイスに戻る。 それから、姿勢を正すとネジはよく通る凛々しい声でハッキリと言った。 「単刀直入に言う。」 一呼吸おいて、ネジは強くヒナタを見つめた。ヒナタは思わず真剣なその眼差しに驚く。 ヒナタを真っ直ぐに厳しいほどに見つめ、ネジは渾身の力を込め全てを吐き出すように言った。 「あ、あなたが好きだ!!結婚して欲しい!」 「え?」 ヒナタは一瞬自分の耳を疑った。 なぜならネジとは仲直りしたとはいえ、ただの従兄妹としてしか接してこなかった。 なのにいきなり結婚と言われても、唐突過ぎて話に付いて行けない。 それに・・ネジはヒナタを憎み殺意さえ抱いていた相手だ。 (信じられない・・・兄さんは私を殺したいほどに憎んでいたのに・・いくら和解したとはいえ ・・・まだ日も浅いのに。それに何よりこんな私をすきだなんて、それが理解できない・・・。) 驚愕し茫然自失のヒナタにネジは言葉を足すように語り掛けてきた。 「ヒナタ様、信じられないだろうが、俺は初めてアナタを見たとき可愛いと思った。 もちろん、憎しみでアナタを傷つけていたあの頃でさえも、心の底ではアナタが可愛くて 愛しいと思っていたんだ。」 弾かれた様にヒナタはネジを見つめた。ネジは静かにヒナタを見つめ返す。 「ただ、あの頃の俺はそれを認めたくなくて、愚かにもアナタの命を奪おうとしてしまったが・・・・。 ・・・それでもアナタだけを愛してきたんだ。アナタだけが俺にとっては女なんだ。」 熱いネジの瞳に、その熱の篭もった言葉にヒナタは目を見開いた。 「あ、あの、わ・・私、と、突然すぎて何と答えていいのか・・・・・」 焦り俯くヒナタにネジは苦笑した。 「わかってる。あなたが他の男を慕っていることぐらい。」 「!!!」 「ナルト、だろ?アナタのはあからさまだからな・・」 「あのっ、ナルト君はそんなんじゃ・・っ。お友達として憧れてっ、尊敬してるだけでっ!」 真っ赤になってヒナタは手をわたわたさせながら必死になって否定する。 そんなヒナタにネジは優しく微笑んだ。 「いいんだ。でも、ヒナタ様。アナタは日向一族の者だ。」 「え?」 「一族の者としか契ることは許されていない。鉄の掟だ。わかるか?」 「あ、あの、それはわかっています。幼い頃より言い聞かせられてきましたから・・」 そう、日向一族はその優秀な血を守る為に血族婚を強いられているのだ。 例え宗家でも逆らう事は許されない。 「俺も・・そう言い聞かされてきた。宗家も分家も関係ない鉄の掟だ。」 ネジの言葉に苦いものがヒナタの胸の中で込み上がった。 ヒナタにもネジにも自由など無いのだと改めて思い知らされる現実にヒナタは傷ついていた。 だがネジは静かにそして力を込めて言い切った。 「俺はこの掟に感謝している。何故ならアナタと契れる資格が俺に許されているからだ。」 「えっ?」 「ナルトにアナタが惹かれていても俺には余裕があった。あいつが修行で里を発つときも、あなたに 見送りを勧められるほどに俺には余裕があった。・・・その掟を知っていたからだ。」 ネジはその端整な顔に凛々しい笑みを浮かべた。 「俺は日向の掟に縛られるのではなく、逆に利用してやる。そう誓った。」 自信に溢れ、己を貫く強さを持つ彼に、ヒナタは自分が魅入られていくのを感じた。 「ヒナタ様、俺はこのアナタにとっては忌まわしい掟でさえも利用する。アナタが欲しいからだ。 かつて父が自分の意思で未来を選んだように、俺は俺の意思で未来を選ぶ。」 「ネ、ネジ兄さん・・・・・」 「愛してる。すぐに俺を好きになれとは言わない。でも、俺と結婚すると約束して欲しい。」 それは今までいらない存在として見放されてきた彼女にとって初めて必要だと求められた言葉であり。 初めての異性からの求愛であった。 (わ、わたしは・・すごく嬉しいと感じている・・・私を憎み続けてきたこの人に求愛されて・・・ 怖くて避け続けてきたこの人に脅えなくなったのはつい最近の事なのに・・・・わたしは・・・) 葛藤するヒナタは俯くことしか出来ずにいた。それでもほんのりと頬が染まり口元が綻んでいた。 それをネジは鋭く見出し、強気に言葉を紡ぎ続ける。 「俺をすぐに受け入れろとは言わない。でも、こんなにアナタを欲する男は俺しかいない。 断言する。だから俺を選べ。報われない恋は卒業しろ。俺はアナタを守る。愛する。決して裏切らない。」 威圧的なネジの物言いにヒナタは目を丸くする。これが愛を乞う男の態度だろうか? だがネジはそんなヒナタにお構いなしで淀みなく言い続けた。 「一生アナタだけを妻とし貞節を誓う。例え任務でも他の女を抱いたりはしない。 俺の全てはあなたのものだ。」 その瞬間、ヒナタの心が大きく揺さぶられた。真面目な彼女には最高の口説き文句だった。 大きく目を見開き、時が止まったかのようにネジを見つめるヒナタにネジは戸惑った。 「やはり・・・・俺ではだめだろうか?」 ネジにしては小さく弱々しい声だった。いつも強気なネジらしくないその声に、ヒナタは思わず叫んでいた。 「わ、わたし、私はネジ兄さんが・・・いいですっ。」 その一言にネジは瞳を輝かせた。 そしてテーブルを飛び越えて対面に座っていたヒナタの傍に着地するや否や強く抱き寄せていた。 窒息しそうなほど強くネジに抱きしめられてヒナタは小さく震えてしまう。 「あっ、す、すまない。苦しかったか?」 腕の力を緩めてネジがヒナタの顔を覗き込んだ。真っ赤になって恥らうヒナタを見て彼は優しく笑った。 それからネジはヒナタの耳元に唇を寄せ甘く囁く。 「大好きだよ・・・俺の・・・」 『 俺の可愛いヒナタ様 』 ボッとヒナタの全身が赤く染まった。あたふたとする彼女にネジは満足げに口の端をあげる。 ヒナタの髪にそっとさり気無く唇を寄せてネジは愛しくて堪らないといった仕草で己の頬をヒナタの頭に 摺り寄せた。ヒナタの柔らかい感触を楽しみながら彼は幸せに酔いしれる。 そして大人になりつつあるネジの逞しい腕に包まれて、ヒナタも幸せを噛み締めるのだった。
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