猫背
ヒナタは悩んでいた。大きく膨らんだ自分の胸に。
同年齢の少女に比べ遥かに大きい胸は、からかいの対象になりやすい。 それ以外にも異性から好奇の目でじろじろ見られたり、ろくな事がない。 これがサクラやいのだったら、女の武器としてアピールするのだろうが。 しかし、内気で何より目立つ事を嫌うヒナタには、とてもそんな芸当は出来ない。 悩みに悩んで落ち込むうちに、彼女は無意識に胸を隠すように背を丸めていた。 「今日はガイ班と合同で任務を行うわよ。」 きつい感じのする美人の上忍夕日紅が、担当の八班の面々に言った。 ひゃっほーと一番元気な犬塚キバが嬉しそうに叫んだ。 「あの班のテンテン、かわいいよなぁ!!楽しみだぜぇっ」 「キバ、任務中にナンパは良くない・・・」 酷くさめた口調で油女シノがキバを諌める。 「うるせぇ、この虫おたくが。こまけぇ事いうなってーの!」 ケッとうるさそうにキバはシノを睨んだ。むっとするシノ。 「あんた達、いい加減にしな。特にキバ、シノの言うとおりナンパは任務が終わってからにするんだね。」 そんな3人のやりとりをヒナタは、微笑ましそうに眺めていた。 「なあ、ところでアイツもいるんだよな?大丈夫なのか?ヒナタ。」 不意にキバがヒナタに話しかけてきた。一見粗野に見えるがキバは面倒見がいい。 彼はかつてヒナタを傷つけ憎んでいた彼女の従兄が、今日一緒の任務に就く事を心配したのだった。 「だ、大丈夫だよ?ネジ兄さんとは仲直りできたの・・・・。」 頬を赤らめ、はにかむヒナタにキバは目を細める。キバはヒナタが妹のように可愛かった。 「そうかっ!よかったな、ヒナタ。」 ニカッと歯をみせてキバは笑いながらヒナタの頭をくしゃくしゃと撫で回した。 「う、うんっ。」 花が綻ぶようにヒナタは笑みを零した。そんなヒナタをキバと同じ優しさで紅とシノも暖かく見守っていた。 暫くして上忍マイト・ガイとガイ班のメンバーがやって来た。 その中にあの秀麗な従兄の姿を見つけ、ヒナタの心臓が高鳴った。自然頬が熱くなる。 ヒナタに気付いた彼は、いつものように何の感情も込めない表情で軽くヒナタに会釈した。 慌ててヒナタも頭を下げる。そろそろと頭を上げると彼は既にヒナタを見ていなかった。 内心傷付きながらもヒナタは、気を取り直してガイ達に視線を向ける。 天才肌の日向ネジを筆頭に、努力型のロック・リー。明るい美少女テンテン。 開口一番ガイが叫んだ。 「紅のとこのは相変わらず暑そうだなぁ!!もう7月も末だぞ?」 そして一番近くにいたヒナタにガイは更に言った。 「あせもにならないのか?ヒナタ君!!」 思わずヒナタは顔を赤らめ俯いてしまう。小さく、はい・・と答えるのが精一杯だった。 大きな胸を隠すために彼女はたっぷりとした大き目の上着をいつも身に着けている。 だから、いくら暑くても大きな胸が恥ずかしくて上着を脱げないのだ。 暑い最中厚い上着を羽織っていると注目されて恥ずかしい思いをするところなのだが、 ヒナタは運がよかった。 何故なら、たまたま同班のキバとシノはサバイバル系を得意とするタイプだったので、 常に体を守る為暑くても丈夫な上着を身に着けている。 おかげでヒナタはひとり目立つ事もなく助かっていたのだった。 だがそれでもやはりガイのように改めて指摘されると恥ずかしさに俯いてしまうのだが。 「うちはサバイバルがおはこだからね。年中厚着なのさ。あせもなんて出来ないように鍛えてあるよ。」 紅がヒナタの様子を見ながらフォローする。彼女はヒナタの心中を察していたのだ。女の感である。 「そうかっ!うちは体術が長けたチームだからな、動きやすさを追求した服装をしてるぞ。」 ガイが爽やかに笑いながら歯を光らせた。 確かにガイ班は動きやすそうな服装だ。特にテンテンはノースリーブのチャイナ服で涼しそうに見える。 ヒナタは、スレンダーで綺麗なテンテンの程よい胸の膨らみを羨ましく感じた。 同時に彼女の従兄がテンテンと親しく話をしているのが目に入ると、その羨望はさらに強い嫉妬に変わった。 思わずヒナタは目を逸らし俯いた。誰にも顔を見られぬように・・・・。 「じゃあ、軽く任務内容と打ち合わせをするか!!」 ガイの明るい声に皆頷いた。 合同任務は広大な公園内の清掃だった。草むしりに公園内を流れる川のゴミ拾い、その他諸々・・・。 公園は本当に広かった。効率を上げる為に一人一人の仕事の範囲を広げるしかなかった。 どの位時間がたっただろうか。気が付けば大分森の奥深くにヒナタは入っていた。 鬱蒼とする木々が夏の強い陽射しを遮ってくれるので、森はひんやりとしている。 心地いいとヒナタは感じた。だが、この辺りはきれいで掃除の必要はなさそうだった。 戻ろうと振り向いた瞬間ヒナタは木の根に足を引っ掛け盛大に転んでいた。 しかも転んだときに上着が枝に引っ掛かりファスナーが見事に壊れてしまった。前が肌蹴てしまう。 (どっ・・どうしよう・・・!む、胸がこれじゃ隠せないよ・・・・) 上着の下に身に着けている忍び服は体の線を隠してくれない。 合わせ目の壊れた上着から覗く忍び服のヒナタの胸は嫌でも目立つだろう。 ヒナタはしゃがみ込み青ざめていた。 「・・・何をしている?」 今、この状況で一番関わりたくない人物の声にヒナタは心臓が跳ね上がった。 背後にいつの間にか気配もなく立つ人物は・・。 「ネ、ネジ兄さん・・・・・・」 赤面しながらもヒナタはゆっくりと振り向いた。すらりとした少年がヒナタを睨みつけていた。 「相も変わらず鈍臭い。転んだのか?仮にも忍びの端くれだろう?情けない事だな。」 「う・・・うん、ごめんなさい・・・」 「俺に謝られてもな。・・・・怪我はないのか?」 ネジは上着の合わせ目をぎゅっと掴んでいる彼女の手に血が付いているのを目敏く見つけた。 「見せろ・・。」 焦るヒナタにお構いなしでネジは強引にその手を掴むと、腰のポーチから薬を出し手際よく手当てする。 一通り手当てが終わると彼は視線をヒナタの顔に戻そうとして、途中で・・・・固まった。 みるみるうちに真っ赤になるネジ。原因は・・押さえる手を失い肌蹴られた上着から覗く胸の膨らみ・・・。 「・・・っ!!」 勢いよくヒナタから離れるとネジは、信じられないといった表情でヒナタを一瞬凝視した後、吐くように言った。 「こっ、今度からは気を付ける事だ!」 「あ、ありが・・・」 ヒナタがお礼を言い終えぬうちにネジはその場から消えていた。 「お疲れ様。みんなよくやったわね」 夕方には任務も終わり紅に報告する。ヒナタは紅にファスナーを直してもらい安堵していた。 ふと楽しそうなテンテンの笑い声がしてヒナタは振り向いた。 テンテンが何やら楽しそうにネジと話し込んでいるのが目に入る。 又、苦いものがこみ上げてくるのがわかった。彼は自分に決してあんな優しい顔を見せてくれない。 思わず手を握り締めていた。昼間ネジが手当てしてくれた手を包帯越しに強く握った。 ナルトとの関わりでネジは人が変わったと皆が言う。確かにネジは変わった。 あんなに宗家を憎んでいたのに、今では宗家で修行をするほどに打ち解け、宗主とも和解している。 宗主の娘のヒナタとも普通に従兄として接してくれる。だが、やはり冷たく避けられるときがあった。 仲直りしてもネジは冷たい。どこかヒナタを突き放すようなところがある。 やはりだめなのだろうか?こんな自分に自信を持てないヒナタは。 彼は、恨みの消えた本来の目でみてもヒナタを嫌うのだろうか? ヒナタは又背を丸め縮こまるように俯いた。 「ヒナタ様」 ハッとヒナタはネジのいつもと違う優しい声に驚いた。任務の帰り道。 ぼんやりと考え事をしながら歩いていたヒナタにネジが声を掛けたのだ。 もうすっかりあたりは暗くなっていた。チラチラと街灯が点き始めている。 街灯に薄く照らしだされるネジを、ヒナタはどぎまぎと見詰めた。 「な、なんですか?ネジ兄さん・・・。」 上擦りながらも努めて平静を装いヒナタはネジに話しかけた。顔が熱くなるのが分かりヒナタは俯く。 自然に体が猫背になる。もう癖になっていた。 その途端にネジの気配が揺らぐ。そして又、優しい声がヒナタの耳に入ってきた。 「ヒナタ様、アナタは自信を持つべきだ。」 「え?」 「・・・もっと堂々と背筋を伸ばせ。猫背は骨を歪めるし内臓にも悪影響を与える。」 「あ、あの・・・」 ヒナタは恥ずかしくて顔が真っ赤になった。この大きな胸が恨めしく恥ずかしくて仕方がなかった。 でも、そんな事ネジには決して言えない。ヒナタはネジを誰よりも異性として意識していたから。 言葉に詰まり、恥ずかしさに赤く俯くヒナタの耳にネジの躊躇うような声が響いた。 「あなたの・・胸は・・・・背を丸めてまで隠す必要はない・・・・。女として自信を持つべき立派なものだ。」 思わず見上げた先のネジの頬は赤く染まっていた。困ったように彼はヒナタを見詰め返してくる。 「男の俺がこんな事を言うのはおかしいかもしれないが、その、あなたは胸が他人より大きいから、 恥ずかしくて猫背にしてるのだろう?」 ヒナタは真っ赤になりながらも、コクリと小さく頷いた。胸元に重ねた掌がうっすらと汗ばみ緊張する。 震える睫にネジは息を呑む。だが、ぷいっと目を逸らすと視線を逸らしたまま彼は言った。 「それに・・・・俯いてばかりじゃあなたの顔が見れないだろう?」 ・・・・・・せっかく可愛く生まれたのに、とネジは小さく呟いた。 そのネジの照れくさそうな仕草に。その言葉に。ヒナタは胸が熱くなった。 もう今まで悩んでいた全てが淡雪の如くきれいに溶けて行く気がした。 ネジの言葉がからだに染み込んで行く。 ( 自信を持て、ヒナタ様・・・。) 「・・ありがとう、ネジ兄さん。」 瞳を潤ませ健気に微笑むヒナタにネジは微笑んだ。 「ヒナタ様は俺の大切なひとだからな。」 目を丸くして驚くヒナタに不敵な笑みを浮かべネジは歩き出した。 「あっ、あの、それってどういう意味・・・・?」 焦りまくるヒナタのその問いかけにネジは答えず、さあな、と背中を向けたまま闇に溶けて行く。 「まっ、待って!ネジ兄さん。」 置いて行かれぬようにヒナタは走り出す。 ネジは背中を向けたまま振り返らなかったが、ヒナタを待っていた。 「ヒナタ様、遅いぞ?それでも忍びの端くれか?」 又いつもの冷たい言葉だったが・・・声はどこか優しかった。
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