初恋
「ヒナタ様、今日ナルトが修行の為、里を発つと聞きましたが、見送りにいかなくていいのですか?」
ネジは笑顔でヒナタに声をかける。 彼女は「・・う・・うん」と力なく答えた。 ナルトに淡い恋心を抱く彼女の思いもかけない返事にネジは焦った。 「なんだしらねーのか!」 キバの声に目をやると庭にヒナタと同班のキバとシノが入ってきていた。ニヤニヤと笑いながらキバが続ける。 「ヒナタの奴、ナルトを見舞いに行ってよ、包帯だらけのアイツ見て目の前で気絶しちまって」 「・・・・・!」 「それが恥ずかしくて会わす顔がないってよ」 真っ赤になって俯くヒナタを可愛いとネジは思った。 (ナルトはアナタにとって特別な存在だからな・・) 「あはははは」 「キ・・キバ君・・」 キバの高らかな笑い声に皆微笑しながらヒナタを暖かく見つめた。 赤くなって恥ずかしそうに俯く彼女が可愛らしくて場が和む。 (まるで花のようだな。居るだけで和む・・) ネジは思う。彼女にとって太陽がナルトなら、自分は優しく彼女を見守る風になろうと。 自分の恋心は秘密のままに彼女の恋を応援し彼女を二度と傷つけまいと。 (オレにはアナタに想いを告げる資格がないからな・・) (それに、ナルト。アイツならオレもあきらめられる・・) 「ネジ、始めるか」 ヒアシが立ち上がる。 「はい」 ネジは遠くなるヒナタの気配を感じながらヒアシの後に続いた。ヒアシが振りむかずにネジに声をかけた。 「ネジ、ヒナタはいずれお前のものだ。こころしておけ」 「え?」 ヒアシの言葉にネジは驚いたままその場に固まる。 「日向の血をお前はヒナタと共に守るのだ。・・意味がわかるか?」 「・・それは・・しかし・・」 「ヒナタが生まれたときから決まっていたことだ。・・妹のようなあれと契るのは辛かろうが耐えてくれまいか?」 「・・・・・・」 「お前を苦しめたくないが、分かってくれ。ネジ。私はお前が可愛いのだ。 ヒザシの為にもお前を強く鍛え、やがては宗家の当主にと考えておる・・」 「!!」 「・・ゆっくり、考えておいてくれ」 ヒアシとの稽古が終わり、ネジは自室で呆然としていた。 (ヒナタ様が・・オレのモノ?生まれたときから?) すんなりと納得してしまうのは近親婚が多い日向故か。 (オレは・・・汚い。ヒナタ様が手に入ると知ってこんなにも満たされている・・。) ネジはその夜なかなか眠りにつけなかった。 ナルトが里を発って一週間。日向家では変わらぬ日常が過ぎていた。 従兄弟のネジが宗家に住み込み毎日ヒアシと修行に明け暮れ、ヒナタはそれを見守る毎日。 たまに彼女も稽古を付けてもらうが殆どは父達の身の回りの世話に追われていた。 「姉さん、ネジ兄さんはまるで跡目みたいだね。私は気が楽だけど・・」 妹のハナビも今ではアカデミーに通い、跡目としての厳しい稽古から解放されていた。 それでも幼い彼女はまんざらでもないらしく前より生き生きとしている。ヒナタはハナビの頭を優しく撫でた。 「ヒナタ様、ご馳走様でした」 ネジが台所で片づけをしていたヒナタに下げてきた茶碗を渡す。 ヒナタは微笑んでそれを受け取りネジに声をかけた。 「ネジ兄さん、最近どうかしたの?」 「何が・・ですか?」 「・・なんだか・・元気がないみたいだから・・」 「そんな事ないですよ。」 「・・・・・」 ヒナタはネジに違和感を覚えた。優しい表情、優しい眼差し。しかし・・どこか冷めているような・・。 「確かに少し疲れているのかもしれませんね。今日は早く休ませていただきます。」 ネジは優しくヒナタに微笑むと静かにとその場を立ち去った。 「ネジ兄さん・・やっぱり変・・」 夜、ヒナタは布団の中でネジを思った。 最近いつも一緒だからか、彼のことが頭から離れない。 (ネジ兄さん、強くなってますます追いつけなくなっていく。凛々しいのに綺麗で無駄がなくて ・・見た目も中身もどうしてこんなに私と違うのかな?) 今ではナルトと違う憧れをネジに抱くようになっていた。 ネジが優しくなったからだろうか?この切ないような胸の疼く想いは・・・。 昔のように兄のようにヒナタを心配してくれる。ナルトの事も気にかけてくれる。 『ヒナタ様はナルトが好きなのですね。頑張ってくださいね。応援しますよ?』 嬉しくもあったが、どこかチクリとヒナタの胸が痛んだ。 (ネジ兄さん、私のこと妹ぐらいにしかみてないのかな?) 怖いネジは嫌だったが優しいネジは好きだと思う。妹としてではなく、好きだと言って欲しかった。 (好きだと言って欲しい?) それは突然の自覚であった。自分はナルトに好きだと言って欲しいと思った事はない。 ただ見てるだけで幸せだった。でも・・・ネジは違う。彼には自分を見つめて欲しいと感じている。 (わ、わたし、ナルト君じゃなくて、ネジ兄さんが好きなの・・・?) 初めて自分の気持ちに気が付いて、でもそれと同時にヒナタは切なくなっていた。 ネジはヒナタを守るべき宗家の者として、従妹としてしか見ていない。 (私・・・失恋したんだ・・。) 辛い時いつもそうするように憧れのナルトを想い出そうとするが、浮かぶのはネジの優しい笑顔だけ。 (折角仲良くなれたのに、この関係を壊すわけにはいかない・・・・) ヒナタは深いため息をついた。 (ナルト・・。お前は俺よりいい眼をしている。俺はお前のように心の強い男になりたい。) ネジは月を見上げながら思った。眠れず部屋を出て縁側に座り一人夜空を見上げる。 誰よりも強く、自分の力を極めたい、それがネジの願いだった。 だが死んだ父は自分を宗家に生んでやりたかったと、そう願っていた。 それはもしかしたら、自分に重ねて父自身が宗家になりたかったのではないか? (俺は非業の死を遂げねばならなかった父の願いを叶えてやりたい。だから・・・!) 散々迷った末にネジを決断させていたのは亡き父に報いたいという強い思いであった。 そのために宗家のヒアシの申し出を受ける事にしたのだ。 (だが・・・正直重いな・・) 脳裏に浮かんだのは従妹のヒナタの姿。 好きなのだと思う。自分を変えるきっかけをくれたナルトよりも、大切なのだと思う。 だからこそ、彼女の幸せを願った。ナルトがサクラの恋を見守るように自分もヒナタを見守るつもりだった。 しかし、日向の宿命がネジとヒナタを結ばせようとしている。 (どうしたらいい?俺はあのひとを悲しませるのはもう沢山なのに・・・) 月は冷たく光るだけだった。 それからしばらく経ったある日。 ヒアシが発表した婚約話しにヒナタは声が出なかった。一族を集めた正式な場。 「ヒナタとネジを婚約させ、二人が成人した暁には結婚と同時にネジを宗主とする。」 みながどよめいた。だがそんな中ヒアシとネジだけが表情を変えることなく落ち着いている。 それをみてヒナタは悟ってしまった。ネジは承知していたのだ。 だから・・・あんなに元気がなくどこか冷めていたのだ! (さ、逆らえないから、だから辛くても受け入れたんだ!) 私なんて好きじゃないくせに・・・義務で。お義理で! 「ヒナタ?!どこへ行くのだ?!」 父の制止を振り切って思わずヒナタはその場を飛び出していた。 一人になりたくて無意識に来ていた宗家の奥深い森の中。 ヒナタは溜息をついて大きな木の根元に座り込んでいた。 だがほっと息をついたのも束の間、すぐに捕らえられていた。 「ヒナタ様、なぜ逃げたんですか?」 しゃがみ込みヒナタの両の手首をネジが捕らえ、覗き込んでくる。 ヒナタは頬を染め俯きながら震える声で答えた。 「ネ、ネジ兄さんは私を好きじゃないのに・・・婚約なんて嫌じゃないの?」 「・・・・・・。」 「わ、私は、私は愛されてないのに結婚なんて・・い、いや!そんなの嫌・・・!」 「俺はアナタが好きです。」 ヒナタは驚いてネジを見上げた。色素の薄い眼が大きく見開かれる。ネジはジッとそれを見つめ返した。 「ナルトが好きなのは知ってます。正直応援するつもりだった。でもやはり俺には無理だった。」 「え?」 「・・アナタを苦しめたくなかったが、俺はヒアシ様の申し出が嬉しかった。やっぱりアナタが好きだから。」 「ネジ兄さん・・・」 「許してください。俺はアナタと結婚したい。一族の掟に縛られて喜んでいる惨めな男です。 それでもアナタが好きなんです。・・・アナタが心を開いてくれるまで待ちますから。」 「そ・・そんな・・。わ・・私もネジ兄さんが好きです!ナ・・ナルト君は憧れの人で勇気を与えてくれる存在だけど、 誰よりも傍にいて欲しいのは貴方なんです!こ・・恋してるのは・・ネジ兄さんだけなんです・・・」 ネジが驚いたように息を呑む。そして彼の動きが止まった。それにヒナタは驚いて声をかけていた。 「ネ、ネジ兄さん?」 「あ、ああ、すまない、ヒナタ様。もう一度言ってくれないか?」 「え・・・」 「し・・信じられなくて、そ、そのあなたが俺に恋してるなど・・・。」 戸惑い狼狽するネジなど初めて見る。ヒナタは更に驚いてしまう。 だから何も言い返す事が出来なくて呆然とネジを馬鹿のように見詰めていた。 「ヒ、ヒナタ様?」 困ったようにヒナタへと話しかけるネジの顔は真っ赤だった。ヒナタを掴む手も汗ばんでいる。 (ネジ兄さんが緊張している?あのいつも冷静で隙のないネジ兄さんが?) 普段のネジからは想像出来ない姿を見る事が出来た優越感にヒナタの頬が緩んだ。 「なっ!アナタは何がそんなに可笑しいんだ?!」 ムッとしながら怒るネジが可愛くてヒナタはクスクスと笑い出してしまった。 そんな彼女にネジは思わず見惚れていた。 (ヒナタ様が・・・こんな風に笑ってくれるなんて・・・) 決して自分には心から笑ってくれないと思い込んでいた。命を奪おうとまでした自分には。 でも・・・信じていいのだろうか?こんなヒナタの笑顔は多分自分以外誰も知らないはずだ。 だから。 「ヒナタ様・・・。」 艶めいたネジの声にヒナタはネジの思惑に気付き、そして恥らいながらも眼を閉じた。 ゆっくりと震えながらも重なる唇に永遠の愛を誓い合う二人の、これは初恋の成就の瞬間でもあった。 |